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魔術師連盟本部の塔は、王都に足を踏み入れ見渡した時、王城と並びとても人目を引く建物である。

天高くそびえ立つその建造物を眺める時、ユーリはいつも、あの高さまでどうやって足場を確保して建てたのだろう? どうして自重で潰れたり傾いたりしないのだろう? という疑問が過ぎる。


大扉を開き、真っ直ぐに受け付けに足を向けると、いつものハーフエルフのお姉さんが対応してくれた。図書室の利用手続きを済ませて、一階のだだっ広いホールや上層階へと何気なく目をやりながら、階段を上る。

普段から人影をさほど見掛けず閑散としている連盟本部の内部は、今日は誰とも擦れ違わない。


二階の図書室に到着すると、これまた見覚えのある司書さんが腰掛けているカウンターに真っ先に歩み寄り、プリンセス・ヒルデ二巻を返却し、ぐるりと一面本棚で囲まれたドーナツ状のフロアを、無言のまま移動。

床にはカーペットが敷かれているから、足音まで吸収されて、図書室は静けさに包まれている。


あの受け付けのお姉さんも、司書のお兄さんも、通常業務に従事している彼らは戦闘要員ではないのだろうか。


「ティカ」


モヤモヤとした、自分でも整理しきれない焦りに似た感情を持て余したまま歩いていたユーリは、小声で背後から呼び止められた。

数秒ほど、自分が呼ばれている事に気が付かなかったユーリであるが、声の主が彼女を早歩きで追い抜いてもう一度呼ばわったお陰で、ようやく気が付いた。


「ウィルフレドさん」

「受け付けの人がさ、ティカが来てるって言うから」


淡い金髪の少年エルフは声量を抑えたまま、すれ違いにならなくて良かった、と笑顔を見せる。そんな彼に、ユーリはぱちくりとまばたきを繰り返した。

この少年は、ユーリの記憶が確かならば、連盟が誇るクォン吸収済みのハイパー魔術師のハズなのだが。


「ティカはまたお使い?」

「どうして……」

「え?」

「どうして、ウィルフレドさんが本部に居る、んですか? てっきり、昨夜出立したと……」


ユーリが半ば呆然としたまま疑問を吐露すると、ウィルフレドの方が驚いたように息を飲み、次いで周囲へ忙しなく視線を向けて人気が無い事を確かめ、


「ティカ、ちょっとこっちに」


本棚と本棚の隙間の通路、その奥へと手招きした。環状のホールは中心部により多く光量が置かれている為、本棚の奥は薄暗い。何の本が並んでいるのか、背表紙からは今一つ内容が窺えないが、少なくともその通路に敷かれたカーペットが殆どすり減っておらず、きっと利用者の行き来が少ない本棚なのだろうな、という予想はつく。

突き当たりで壁に背を預け、こちらに振り向いたウィルフレドは、ユーリを頭から爪先まで見回して首を傾げた。


「ティカって……見るからに軍部の人間でもない、よな?

何でおれが本部に居る事に驚いたんだ?」

「今はパヴォド伯爵家で働いていますが、元々、私の主人はカルロス様ですから。

連盟のメンバーの大半は昨夜から大きな戦に出ると偶然知って、それで……」

「おれも出撃してると思ってたんだ?」

「はい」


コクリと頷いたユーリに、ウィルフレドは溜め息を吐いた。

彼が実際、どの程度の戦力になるのかは知らない。だが、主人やアティリオはウィルフレドを単なる子供扱いではなく、それなりに一目置いていたように思う。そんな彼が待機組だというのは、ユーリには些か納得がいかない。

ウィルフレドは不満も露わに唸った。


「おれだって、師匠と一緒に国境砦に行きたかったさ」

「だけど、留守居を任され置いて行かれた?」

「そう。行けるもんなら行きたい、けど……迅速な移動力が優先されて」


迅速な移動力、とオウム返しに呟いたユーリは自称・友人なウィルフレドを見つめ返し、一拍置いてポンと手の平の上に拳を軽く下ろした。

目の前の、11か、12歳程度の年齢の華奢で細っこく体力もそれ相応にしか見えない少年は、なるほど一晩中騎士が操る早駆けの馬での相乗りに、いかにも耐えられそうにない。道中で意識朦朧の果てに力尽き、無残にも落馬するのがオチだ。


「私、魔術師が体力勝負なお仕事だなんて、本部に来るまで思ってもみませんでした」

「年齢や身体の成長具合までは、おれだってどうにも出来ねぇ」

「戦いに向かない、そんな性格の向き不向きだって、私自身が短時間で矯正出来る代物じゃないです」


歯軋りせんばかりに愚痴るウィルフレドの姿に、ユーリは胸のモヤモヤが僅かに晴れるのを感じた。


そうですよ、コレですよ。

私はウィルフレドさんと違って戦場に立つ勇気も無ければ戦力にもなりませんけど、どんなに心配でも今の立場が歯痒くても、今戦っている知人の無事を祈り、現状で何か出来ないか、知恵を出し合う対等な立場の仲間が欲しかったんですよ!


ウィルフレドは魔術師だ。クォン召喚を行い、容赦なく吸収した恐ろしい魔術師だ。

だが、それでも、だ。彼は今、戦場から遠く離れたこの場所で、ユーリの不安感や焦燥を理解し、同調し、互いの思いを打ち明けられる数少ない同じ立場の相手だった。


無事を祈るしか出来ない、そんなユーリと同じ立場の一般人には情報規制が敷かれ、迂闊に話す訳にはいかない。同じく王都に残ってはいるが、身分やら立場がユーリとは異なる『上司』相手に、不安を訴え甘えるなど言語道断。

結果的に、何も言わずに口を噤んで普段通りの振る舞いをしなくてはと気を張るしか無く、無事に帰ってくるか、今も無事でいるか、戦況はどうなっているのか。何も分からない、初めての体験でユーリは次第に精神面から追い込まれていたのだ。


軍人の奥さんって、精神的な強さが無いと務まらないんですね。出来れば実体験したくなかったです。


「ティカもカルロス先輩の事が心配だよな」

「はい……」


友人から向けられる労るような眼差しが、ユーリの焦燥を徐々に落ち着かせていく。

そうだ。王都に残ったユーリには、戦場に向かった主人と同僚から託された使命があるハズだ。浮き足立って、ただ慌てふためき泣きべそをかいてるだけだなんて、それではいけない。


「ウィルフレドさん」

「ウィリーで良いよ」

「じゃあ、ウィリー。

私、自分でも今、何か出来ないかやれる事をやりたいと、決意したんですけど」

「……ティー、発言はもうちょっと具体的に」


早速略称で呼んだら、友人も当然のように呼び名を省略してきた。そもそも偽名な上に安直で、ユーリの認識では紅茶呼ばわりになっているが、深く気にしない事にする。友情とは素晴らしいものだ。些細な点を気にしたら育んでいけない。


「えーと、国境防衛に懸命になっている皆さんが、後顧の憂いなく戦えるよう役立つには、何したら良いかな?」

「……何だろう。移動だけで潰れるおれ達が、増援部隊に配置されたりする訳ないしな」

「そもそも戦力外な私が、増援になんて考えてもいないよ」


せっかく、ただ鬱屈と不安を抱えて待つ身である現状を打破したい、と考える同志を得たというのに、そう簡単には名案なぞ浮かびもしない。


「……あなた方、そんなところで何をなさっていらっしゃるの?」


ユーリとウィルフレドことウィリーは、気が付けば本棚と本棚の間にある通路の最奥にしゃがみ込んで、コソコソと声を潜めて密談していた。

そんなところへ主通路の方から第三者の声が掛けられて、悪巧みをしていた訳でもないのに思わず揃ってビクリと身を震わせて、反射的に振り返る。ホールの中央から明るい魔術の光に照らされて、声を掛けてきた人物の姿は堂々としたものだ。


「ご機嫌麗しゅう、レディ・コンスタンサ」


ユーリは立ち上がって姿勢を正し、お使い用のバスケット片手に叩き込まれた会釈を送る。今日も今日とて紫色のドレスを着用しているかのレディは、昼間のお出掛け用の装いだった。淡めの色合いやデザインが清楚な雰囲気だ。彼女が背後に引き連れているお付きのメイドさんは、先日のお茶会の時に見掛けた方だった。


「ご、きげん、よう……レディ」


ウィリーの方は、唐突に声を掛けてきた身分の高いご令嬢と相対する事に慣れていないのか、挨拶の言葉がややぎこちない。チラリとその横顔を窺ってみると、緊張しているようだ。


「あなたは確か、エステファニアのメイドだったわね。

そんなところで何をしていたの?」

「連盟の友達と、ナイショ話を……」


純粋に、疑問の表情で問うてくるレディに、ユーリは具体的な内容は伏せて答えた。

レディ・コンスタンサは手にした扇を広げ、目許の辺りまで持ち上げる。


「仮にも未婚の娘が、友人とはいえれっきとした異性と人目を憚って物陰に2人きり、というのはあまり感心しなくてよ」

「申し訳ありません、レディ。以後慎みます。

レディ・コンスタンサ、彼は私の友人で魔術師連盟の火焔術士、ウィルフレド。

アティリオ様の、連盟でのお仕事におけるバディです」


メイドの性格は主人の性格を反映している、とばかりにレディ・コンスタンサからエストへの信頼を損なう訳にはいかない。真剣に謝罪し、後ろめたい事は無いとウィリーの事も紹介してみたのだが、扇で隠されたレディの表情が窺えないその場の空気に居たたまれず、ユーリはレディ・コンスタンサが食い付きそうな情報を、つい付け足した。友人を売り渡したと非難されても仕方の無い所行だ。


「まあ、アティリオ様の……」

「は、はい。レディはアティリオ先輩をご存知なのでしょうか」

「ええ。出来れば、今よりもお互いの事を理解し合える、良好な関係を築きたいものね」


キラン、と、見間違いようもなく目を輝かせるレディ・コンスタンサ。そんな彼女から謎の圧力を感じ取ったのか、表情を強ばらせるウィリー。


「ティカ、あなたはエストのお使いの途中なのでしょう?」

「はい」

「それでは、わたくしとティールームでお喋りの時間を取って頂戴、とは言えませんわよねぇ」

「ご要望に沿えず申し訳ありません」


やはりあれか。レディ・コンスタンサはウィリーから、アティリオの情報を根掘り葉掘り聞き出したいのだろうか。しかし初対面から質問攻めにする不作法を、レディが行うには躊躇われるのでユーリを緩衝材代わりに同席させたいらしい。

レディ・コンスタンサはウィリーに目配せし、


「あなたも忙しいのかしら、魔術師ウィルフレド」

「は、はい。申し訳ありません、レディ。おれも仕事がありますのでっ」

「そう、とても残念だわ。

次の機会には、きっと色々なお話を是非聞かせて下さいな」


レディ・コンスタンサは「では失礼」と微笑を浮かべると、ドレスの裾を翻し、メイドを引き連れて立ち去って行った。

思いもよらぬ場所で予想外な人と出くわしたような気分だったが、そういえば、彼女もこの図書室を利用するのだと、子ネコ姿で潜んでいた時に聞いたような気もする。

しかし、レディ・コンスタンサが口にしていたティールームとは、いったいどこの事だろう。


「……ティー、さっきの人、何者?」

「ワイティオール侯爵令嬢、レディ・コンスタンサ。独身。アルバレス侯爵令息、アティリオ氏にただ今全力求愛中」

「連盟の先輩達、それもルティ先輩以上の気迫があったよ……」


アティリオと組んでいるという事は、ウィリーはこれまでにも似たような目に遭ったのだろうか。ユーリとしては、レディ・コンスタンサよりも女装変態ブラウの方が、相対するには脅威である。


「そういえば、ウィリーは私に何か用事だったの?」


お使いの目的である、プリンセス・ヒルデの三巻が置いてあるであろう、恋愛小説の類いが並んでいる棚に向かって歩き出しながら問うと、ウィリーは当初の目的を思い出したのか「あ」と、声を漏らした。


「忘れるとこだった。

ティーの連盟での語学講義、おれが担当するからさ、今日の昼飯の時間空けといて」


ふふんっと、心なしか得意気な友人から意図や意味がよく分からない要望を出され、ユーリは首を傾げた。


「……ごめん、よく意味が……?

私、魔術師連盟でお勉強する事になってるの?」

「あれ、聞いてねえの?」

「何も」

「パヴォド伯爵が、魔術師連盟への大口のスポンサーだ、って事実は流石に知ってるよな?」

「以前、どこかで聞いた事ある、かも」


今朝顔を合わせたパヴォド伯爵閣下と奥方からは、連盟本部の塔へお勉強に通いなさいなどという話など、ついぞ出なかったが。閣下が連盟に資金を提供している、というのは小耳に挟んだような覚えがある。


「後援してくれている家の使用人に、マンツーマンで勉強を教えるのも連盟の仕事なんだよ。

パヴォド伯爵家へは、ご令嬢付きメイドに基礎教養を教えてる」


ティーはエステファニア嬢のメイドだろ? と、ウィリーから確認されて、ユーリは無言のままこっくりと頷いた。

確かに……確かにちらほらと、以前に聞いた気がする。セリアやイリスが、魔術師連盟で読み書きを習って云々だとか。セリアの先生が『女性魔術師ルティ』だとか。


だが、だが、である。

ユーリはあくまでも、臨時で行儀見習いに扮しているのであって、令嬢付きメイドとしてのキャリアを積み始めた訳ではないはずだ。


「ティー、もしかして勉強嫌いなのか?

そう固くなるなって。伯爵家が王都に滞在する社交シーズンの期間限定だし、そもそもおれの教えは厳しくともなんともないから。

遊びやお喋りの延長のつもりで気楽に楽しめるよう、年が近いおれに任されたんだしな」


じゃ、また昼にな。と、ウィリーは明るく告げて、図書室の階からフワフワ浮き上がりエレベーターで上層へと向かってしまった。頭の中は混乱したままの状態で彼を見送り、ユーリは一つの疑問が浮かんだ。

パヴォド伯爵家へ奉公に上がった令嬢付きメイドが教養を学ぶのが義務なのだとしたら、いったい誰がそれをユーリの分も連盟に申し込んだのだろう。



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