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「ユーリちゃん、わたくしね、あなたへプレゼントを用意致しましたの」
エストが持参してきたカンテラはカルロスが手に持ち、2人はそのまま螺旋階段を下りていく。今度はそのエストの腕に運ばれる形で塔から下りつつ、ユーリは「にー?」と鳴きながら小首を傾げた。
このお嬢様からの贈り物とはいったいどんな物なのか、非常に気になる。
気になるのだが……それよりも、ユーリの体はそろそろ空腹を訴えていた。
思えば、家でおやつにクッキーを一つとミルクを飲んで以来、何も口にしていない。それはお腹だって減る。
「うふふ、気になります?」
楽しげかつリズミカルな足取りで螺旋階段を下りきったエストは、そこでユーリを床へと下ろした。
何事だろうかと、大人しくお座りして彼女を見上げるユーリの首に、ポケットから取り出した物をスルリと巻き付けるエスト。
「さあ、これで良いわ。
女の子なのだから、お洒落にも気を遣わなくてはね。とっても可愛らしいわ、ユーリちゃん」
そうして、実に満足げに満面の笑みで再びユーリを抱き上げるご令嬢。
首の辺りを恐る恐る触ってみると、ツルツルと滑らかで細い何かが巻かれているようだ。
キツくもなく、緩くもなく。
先ほどエストがポケットから取り出した時に見えたのは、ピンク色の何かだったが……
主、これもしかして首輪ですか?
ユーリ自身は、ネコ姿の際に仮に首輪を着けられても、チョーカー感覚で流してしまえるので、気分的な面では実のところさして抵抗感はない。
しかし、ネコ好きなカルロスが、飼いネコ扱いなユーリに首輪を着けていない理由はただ一つ。
人の姿に戻る際に、首輪で喉が締まったり、下手をすると同化したかのように体内へとおかしな風に食い込む危険性があるからだ。なので、絶対に着けられては困るのが首輪だ。
“いや、リボンだな。質も良さそうだし、結び方も簡単だ。
仮にそのまま人間に戻っても、解けて落ちるぐらいだな。
エストはシャルとも付き合いが長いし、変化に伴う装飾品の問題だとか理解してる”
な、なるほど……ん、あれ?って事はもしかして、エストお嬢様って実際にシャルさん(イヌバージョン)に首輪を着けてみた事があるんでしょうか……でもって、そのまま人間の姿に戻って大騒動! その経験を生かし、主は私に首輪を着けようとはなさらない、とか。
そんな訳無いですよねー? と、エストの腕の中で尻尾をゆらゆらさせつつ、冗談めかしてカルロスに向かってそんな念を送ってみたユーリ。
対するご主人様からの返答は、というと。
“……ノー、コメント”
ぱたり、と、思わず尻尾が落ちた。
カルロスのこの反応は、ユーリには肯定としか受け取れないお言葉である。
シャルさん……そんな過去が……ですよね、昔に誰かの失敗があったからこそ、私の身の安全を図るべく『首輪ダメ』な忠告を告げられるんですよね。
ただ今お留守番中な偉大な先輩が居る(恐らく自宅は向こうの方角だ!)と思しき方向へと、ユーリはちんまりと頭を下げて黙祷を捧げた。
取り敢えず、シャルが作っているであろうお夕飯が、早く食べたいユーリである。
ああ……主は帰りがたいのでしょうが、私としては古城から自宅へ早く帰りたいです。
あ、結局シャルさんへのお土産はどうしましょう……?
エストを彼女の部屋へと送り届け、例の壮年の執事やら年長のメイドからは冷ややかな眼差しを受けつつも、カルロスは平然とした様子で優雅にエストに別れの挨拶を告げて、そのまま城門を後にした。
どうも、エストとカルロスの仲は、年配の人ほど歓迎されていないらしく、若いメイドさんなどは頑張れと言いたげにキラキラと目を輝かせていた。
そんな訳で、お土産お土産と繰り返し申し立てるしもべの頭を鬱陶しげにグリグリしたカルロスは、厨房から持ってきて貰ったお土産の包み……中身はなんだろう、楽しみです……を片手に、ユーリを片腕に抱きつつ早歩きでフィドルカの街を抜ける。
城門から外門までのメインストリートは大賑わいで、夜間にも関わらず人込みでごった返している。
主、まさか家までこのまま歩いて帰るんですか? 馬車は?
“あのなあ、そうしたらまた、安全な場所まで馬車を送ってかなならんだろうが。
昼間ならこれから街を出る馬車に便乗させてもらうんだが、今は夜だしな……”
そんなカルロスからの回答に、ユーリは片腕だけという微妙にいつもよりも安定の悪い腕の中で顔を上げた。
ならば主、今こそ箒の出番ですよ!
魔法使いと言えば箒で空を飛ぶ、これ定番です!
「はあぁぁぁあ?」
ユーリからのテレパスに、思わず素っ頓狂な声を上げたカルロスである。とにかく忙しそうな人々が行き交う人通りの多い道なので、すれ違う人々はチラリと彼に目線を寄越しはしたが、興味無さそうにすぐさま自分の用事に戻ってゆく。
そして、ユーリが脳内に描く『箒で空飛ぶ魔法使い』の図を正確に読み取ったカルロスは、
“アホだ……アホ過ぎるだろう、このアホネコ”
重々しく苦悩に満ちた感情と共に、そんなメッセージを送ってきた。
それが私の世界の由緒正しき魔法使いのイメージなのです!
だがしかし、とにかくめげずににゃがにゃが訴えまくったユーリ。
空を飛んでみたいという情熱は、人の根源的な欲求ではないかと思うのである。
……それで結局、どうなったかというと。
「要するに、風を吹かせて浮き上がれば良い訳で……
つまり術式としては……」
頑張って、主!
フィドルカの街の外門から出て、大通りの店で買い求めた箒に横座りで腰掛け、ブツブツとぶっつけ本番に新しい魔法を組み上げてゆくカルロス。
そんな彼の上着の中から顔をひょっこりと出した状態のユーリは、ワクワクしながらしっかりと服にしがみついていた。カルロスは両手で箒を掴むので、彼女を抱き上げ支えてやる事が出来ないからだ。
「風よ、天空を舞い踊りし自由なる風よ。我らにその意を示し、大地の楔を断ち切れ!」
カルロスの唱えた呪文に合わせて、ゴッ! と、箒の後方から強風が吹き付けてきた。
しっかりと箒を握るカルロスの両足が浮き上がり、そのまま勢い良く飛翔する。
「……あ!?」
本当に飛んでる、凄い凄い! と、興奮するユーリだったが、次の瞬間には視界が回転。
カルロスは箒ごとバランスを崩して地面に落下し、ユーリはその衝撃でころんと上着の中から草原へと放り出されていた。
「つ~っ! だあっ、スピードは出るがバランスが面倒だ!
ユーリ、無事か!?」
ぶっつけ本番の夜間飛行に、カルロスは苛立ちを吐き捨てつつ、転がっているユーリの顔を覗き込んできた。
――ごめん悠里、怪我はない!?
ああ、私を自転車の後ろの荷台に乗せてて転んだ時の、お母さんの顔とそっくりです、主。
ふふふ、主大好き!
“……怪我は無さそうだな。
よし、さっさと帰るぞ”
けらけらと楽しげに笑いながらのユーリのそんな感想に、乱れた髪をかきあげつつそっぽを向いたカルロスは、再び彼女を自らの上着の内側へとそっとしまい込んだ。
ユーリからのストレートな好意に、滅茶苦茶照れているらしきカルロス。
ふ。やはり我が主は可愛らしい方です。
“うるさい!”
照れ隠しの素っ気なさも、最早慣れっこだ。
そのままスピードを出しては転げ落ちたり、強風に煽られて左右に揺れ動いたりしつつも、カルロスは自宅へと帰り着く頃には、すっかりと『箒で飛行術』をマスターしたようである。
何気に満更でもなさそうなカルロスと、スリリングな夜間飛行をたっぷり楽しんだユーリの2人を出迎えに出て来た、お留守番係なシャルは、
「……マスター、何故、そんなに服を泥だらけにして帰ってくるんですか? ユーリさんまで……」
主人と同僚の見るも無残なぐしゃぐしゃ泥塗れな姿に、呆れたように嘆息したのである。
ただでさえ毎日忙しいシャルに、明日は朝一で泥塗れのお洋服を徹底的にお洗濯というお仕事が増えた瞬間であった。
微妙に怒っているらしきシャルの姿に、やっべー……と呻きつつ、ユーリはカルロスの腕の中で小さくなった。
「ユーリがな、どーーーーしても箒で空を飛びたい、とにゃーにゃー鳴いてうるさくてな。仕方がなく、だ」
「なるほど……?」
だが、そんなユーリをあっさりと人身御供に差し出すご主人様。カルロスにとっても、服を汚して帰宅というのは些かマズいものがある事態であるらしい。
微笑みを浮かべた同僚は、カルロスの腕の中からユーリを抱き上げ、濡れタオルでグイグイと汚れを拭い始めた。
「後で、じっくりお話しましょうか、ユーリさん?」
何故、こちらの世界には笑顔が怖い人種が、こんなにもいらっしゃるんでしょう?
主のバカーっ!?
「ユーリさん、お返事は?」
は、はいぃぃっ!
「そうそうシャル、ユーリがお前に土産を持って帰れと、これまたしつこくてな」
笑顔のままユーリを見つめるシャルと、再びピキーン! と硬直してしまったユーリを見かねたのか、最初から彼女へ投げっぱなしにするつもりはなかったのか、カルロスが救いの手を差し伸べてきた。
「お土産、ですか」
「ああ、この包みだ。お前の好きにしろ」
ぱちぱちと瞬いてカルロスを見返すシャルに包みを渡し、ご主人様はひらひらと手を振りつつ本日二度目のお風呂へと向かった。
「お土産……香辛料と食べ物の匂いがしますが、何でしょうね」
先ほどまでの怒りはどこへやら、シャルはいそいそと包みを開封する。
同僚のタオル攻撃が止んだのを幸いに、肩の上に乗っかったユーリも興味津々で中身を覗き込む。
そして、中から現れた物は。
「……ユーリさん」
は、はい。
「あなたはつまり、マスターにとってイヌであるところのわたしは、こういった物を常に食べるべきである、と仰る訳ですね?」
違いますっ、いっぱい墜落したせいで潰れちゃっただけで、不可抗力なんですーっ!?
パヴォド伯爵家のお城のコックさんが、丹誠込めて作ってくれた燻製ベーコンとソーセージ……だったらしき物は、ぐっちゃりでべったりに、中身の具材も飛び出てミンチ的な状態。保存が利く食料品をわざわざ選んでくれたようなのに、包みの中でエラい事になってしまっていた。
ベーコンはともかくとして、この大量の元ソーセージなミンチ肉は……
「食べ物を粗末には出来ませんし、ユーリさんも責任を持って、駄目になる前に全て消費して下さいね?」
わ~いお肉パーティーだー、豪華ですー……
同僚からの有無を言わせぬお言葉に、ユーリは棒読みで喜びの声を上げるに止まった。