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「皆様、本日は急なお招きにも関わらず、お集まり頂き本当に有り難うございます」


本日の昼下がりのお茶会を開いたホステス役の令嬢、レディ・コンスタンサは手にした扇をパチンと閉じ、席に着いた令嬢方の目を順繰りに見つめながら穏やかな声音で礼を述べた。

ティーテーブルが置かれた東屋の壁の一面には、色鮮やかな蔓草と花弁が美しい大振りの花が多種多様な色味で咲き誇っており、自然に描かれる絵画のような不思議な雰囲気を醸し出していた。ティーテーブルに着いた茶会参加者達は、ワイティオール侯爵家の見応えのあるシンメトリーに整えられた中庭を観賞するも良し、茶を楽しみながら傍らの花壁で疲れた目を癒すも良し。


因みにこのワイティオール侯爵家のお屋敷、王都の中でも一等地に構えているのだろうとは予想していたが、なんとパヴォド伯爵家の面々が王都で過ごす為の館の敷地の、丁度お隣に存在した。エストが王都での幼少期を過ごした折は、レディ・コンスタンサとよく一緒にいたというのも納得だ。

パヴォド伯爵家のお屋敷を出てから、ワイティオール侯爵家玄関先で馬車を降りるまで、両家の庭先を通過するのに乗っていた時間が一番長かったというのは、ある意味笑い話になるのだろうか。


レディ・コンスタンサの本日のドレスは、ふわっと軽やかで柔らかい印象を抱くデザインの水色のドレス。金色と栗色の中間のような色合いの髪を涼しげな形に結い上げて、垂らされた髪は癖が無く真っ直ぐ艶やかなストレート。藍色に近い蒼い瞳を持つ、慎ましやかな顔立ちでありながら何だかセクシー声の令嬢だ。


エストお嬢様には緑色系統のドレスが最も映える、と一家言を持っているセリアが、いくら生地やデザインからも涼しげとはいえ水色のドレスなんて持ち出すのは珍しいと思いきや。どうやら今日のお茶会は、参加する令嬢方は水色のドレスで色を合わせるというお遊びも含まれているらしく、皆さん思い思いの可愛らしいデザインの水色のドレスを身に纏っていた。

今日この茶会に集まった令嬢方は、社交界におけるいわゆる『ワイティオール侯爵令嬢派』と称されるべき派閥的なもので、親世代の権力派閥の縮図にも近いものがあるらしい。集まった令嬢方は、しかしユーリの目からはどう見ても、どなたも妖精さんや天女様のようなフワフワ綿菓子系乙女にしか見えない。


基本的に、主催者であるワイティオール侯爵令嬢がおもてなしの心を込めて手ずからお茶を煎れ、用意したお菓子を振る舞う。また、細々とした雑用を言い付けるのもレディ・コンスタンサからやや離れた位置に待機している、自分の家のメイドに命じる。その為ユーリは、基本的に出しゃばらず、自らの主家のお嬢様のお声が届く距離を保って控えていた。日中とはいえ、日陰で清涼な風が吹き込み涼しく快適だ。

この東屋のお茶会に参加した令嬢方は、レディ・コンスタンサとエストを含めて全部で5人。いつでもご用を果たせるよう、お邪魔にならない位置で控えているメイドは、ワイティオール侯爵家の方が3人とユーリ。

未婚のレディは1人で出歩かないもので、お出掛けの際お嬢様方は皆さん必ず、メイドさんや付き人を引き連れていらしている。今この場に居ないメイドさん方は、屋敷の一角で情報交換に励んでいらっしゃるのである。

ユーリもセリアと共に情報交換の場に赴くべきかと思われたのだが、誘拐されかけた昨日の今日だ。昼下がりの茶会だろうがエストの側に控えておこうと相談した結果、情報戦に疎いユーリがメイドさん達の集まりではなくこちらに配置されたのだった。


セリアさんからは、「身を切られるような断腸の思いだけど、この役割は譲るわ」と言われましたが……何もせずひたすらじっと直立不動で佇んでいるのと、同じ年頃の女性達とテーブルを囲んでワイワイガヤガヤお茶とお菓子を楽しむのでは、どっちがお得なのでしょう。

いえ、決してお菓子羨ましいとかじゃないですけども。


「それでコンス、今日わたくし達を招いたのはどういった風の吹き回し?」


さり気なくレディ・コンスタンサとお揃いのデザインの扇をヒラヒラと仰いでそよがせながら、令嬢の1人が口を開く。確か彼女も、どこぞの侯爵家のご令嬢だったか。一介のメイド如きに自己紹介などありはしないので、正式名や身分の認識は怪しい。

レディ・コンスタンサの右隣が優雅に扇を仰ぐ侯爵令嬢で、左隣にエスト。そして語尾が少し間延びして聞こえる伯爵令嬢に、まだ髪を結い上げていないデビュタント前の年若い公爵令嬢。


「実はね、とても大変な事態が起こっていたのだけれど……

危ういところで難を逃れたわ。わたくしは、遂に自由を手にしたの!」

「というとまさか、あの方が?」

「まあぁ、お相手はどちらのご令嬢!?」

「おめでとう、コンス!」


レディ・コンスタンサの喜びの宣言に、テーブルは一斉に歓声に包まれた。レディ・コンスタンサを祝う声が満ちる。

ユーリには何だかよく分からないが、コンス嬢は令嬢方も周知の束縛から解き放たれ、自由を謳歌しているらしい。チラリとワイティオール家のメイドさん達を見やると、彼女達も心なしか嬉しそうに見える。


「ああ、パヴォド伯爵家の因習に捕らわれ早10年……わたくしはこのまま、あの面白味の無い男に焦れて娘時分を過ごすのかと嘆いていたけれど……最後の最後まで、希望は捨てるものではないわね」

「コンス……長い間、本当に有り難う。今の兄があるのは、間違いなくあなたが挫けずに話し掛け続けてくれたお陰よ」

「良いの、今となっては良かったのよエスト。ある意味ではあの堅物のお陰わたくし、4年前に問答無用で政略結婚させられずに済んだのですもの!」


レディ・コンスタンサとエストは手を取り合い、テーブルを囲む令嬢方も感極まった様子で感涙にむせび泣いている。

彼女らの勢いから取り残されたユーリであるが、どうやらグラの堅物っぷりのせいで、レディ・コンスタンサがこれまで苦労してきたらしい、という点は理解出来た。

何があって『自由を得た』という喜びに繋がるのかは、不明だが。


でも、パヴォド伯爵家の因習って、何でしょう?


「エステファニア様、わたくし、あなたの兄君様の意中の令嬢がどんな方か気になりますわぁ」

「わたしもよ。わたしてっきり、グラシアノ様はコンスタンサを娶りたいから他のレディに目を向けようとなさらないのだと思っておりましたわ」

「あら、止めて下さいませ、そんな恐ろしい想像は」


某家の伯爵令嬢と公爵令嬢が、顔を見合わせて頷き合う。


「だって、ねえ?」

「ええ。グラシアノ様は、情熱的なパヴォド伯爵家らしからぬお方ですものぉ」


クスクス、と甘く笑みを交わす令嬢方に、レディ・コンスタンサがわざとらしく怯えた様子で震え上がってみせる。


……? 今ひとつ話の展開が理解出来ないですねぇ。

レディ・コンスタンサはグラシアノ様の婚約者のはずで、それが彼女は自由になって嬉しいって事はつまり、婚約解消……!?


まさか、自分のせいでグラとコンス嬢の約束が違えられたのか!? と慄くユーリの事など、当然ながら令嬢方は全く意に介さず声音を弾ませながらエストに探りを入れる。

エストはにこやかな表情を崩さぬまま、友人達に答えた。


「それがね、とても面白い事になっているの。

お兄様は恋愛感情からではなく、保護欲に駆られてとあるレディに結婚を申し込んだのだけれど、彼女には他に想う相手がいて、お兄様は彼女を『口説く』のではなく、自分と結婚するべきだと『説得』をしているの」


そう言って、エストは一瞬だけユーリに柔らかい笑みを向けた。


「まあぁぁぁ」

「グラシアノらしいわね」

「あの方、コンスタンサとの10年間であまり成長していないではありませんか」

「それで、そのレディの想い人の反応はどうなっていますの?」


え、エストお嬢様! 意味ありげに私の方を向かれたりして、令嬢方に私の事だと悟られてしまったらどうすれば良いんですか。


内心焦るユーリには、やはり全く誰も注視しないまま、茶会の話題はすっかりと、グラがいかに乙女心が分かっていないかに路線がシフトしだしている。


「それが問題ですわ。彼女の想い人は、肝心なところで本心を隠す傾向にあって、お兄様から彼女が求婚されていると知っていながら、わたくしが見る限りでは何の行動も起こしていませんの」

「まあ、それでは存外、グラシアノ様が粘り勝ってしまわれるかもしれませんわね」


扇を仰ぐ手を止め、コンス嬢の右隣に着いている侯爵令嬢がふふん、と楽しげに鼻で笑った。


「わたくしとしては、コンスを長年縛り付けてきた以上、グラシアノ様にはそれ相応の苦労を背負って頂きたいものですけれど」

「妹のわたくしがこう言ってはなんですが、それについては安心なさって?

お兄様ったら、求婚したレディから、全く相手にされておりませんから」

「あらイヤだ、おほほほ」

「『自分には向きません』だなんて、逃げ続けていた報いね」

「まったくですわぁ。をほほほほ」


……何だろう。砂糖菓子のように甘く笑い転げる令嬢方が、何だか怖いんですが。

というかエストお嬢様、グラシアノ様の結婚問題で笑ってる場合なのでしょうか?


グラの噂でテーブルが盛り上がったお陰か、新しく茶を注ぐ為にお湯を用意するべく、ワイティオール家のメイドさんの1人がそっと場を離れる。


「それで、エスト。

10年もグラシアノの練習相手になってきたわたくしに対して、パヴォド伯爵はきちんとわたくしの望みを叶える手段を用意してくれたのかしら?」


外見は楚々とした令嬢でありながら、レディ・コンスタンサは相変わらず声音に無駄に色香を含んでいる。ティーカップを傾け、流し目を送ると、エストはにっこりと微笑んだ。


「ええ、もちろんよ。

わたくしとの婚約話との名目で、並み居る候補者達を牽制しておいたし、お父様も幾つかの家に引き下がらせておいたと仰っていたわ。

先方にもさり気なくコンスの印象を深めておいたし、抜かりは無いわ」


……えっ??


エストが万事順調と請け負ったその台詞に、レディ・コンスタンサはカタンと椅子から立ち上がった。


「最後の懸念であった、グラシアノの疑似恋愛のお役目からも解き放たれ、わたくしの前に立ちはだかる障害はもはや壁にあらず!」

「コンスタンサ、素敵!」

「長年の片思いが、遂に報われる日がきたのね!」


レディ・コンスタンサは眼前に広がる麗らかな昼下がりの庭を、戦場の指揮官よろしく閉じた扇でビシッと指し示し、高らかに宣言する。


「わたくし、ワイティオール侯爵家長子コンスタンサは今ここに、愛を賭けて我が父と戦い、我が君への想いを遂げる事を誓いますわ!」

「もちろん応援致しますわ、コンスタンサ!」

「わたしもよ!」

「有り難う、本当に心強いわ、皆様」


レディ・コンスタンサはティーテーブルに着いた令嬢方を見渡し、ほんのりと頬を染めて夢見る眼差しで続けた。


「今年の夏こそ、アルバレス侯爵家長子アティリオ様に想いを打ち明け、あの方の心と妻の座を必ず射止めてみせますわ!」


わっと盛り上がる、乙女が集うとかしましいのは必然な茶会の様子を呆然と眺めていたユーリは、ハッと我に返って考えを巡らせてみた。


エストに持ち上がっている縁談は、大きく分けて二つ。

未成年の王子様の将来の側妃か、アルバレス侯爵家のアティリオの妻になるか。パヴォド伯爵の下には他にも何か話がきているのかもしれないが、取り沙汰された事は無いので鼻にも引っ掛けられていないのだろう。


そう言えば、エストが『殿下に嫁ぐのならば、殿下との結婚とご本人をどう思っているのか』については、グラとチラリと話していたのを耳にした事があるし、何となく母方の血縁の関連から王室に嫁ぐ話がある、という推測があった。

だが、これが『アティリオに嫁ぐのならば、彼との結婚やアティリオについてをどう思っているのか』については、当事者の片方であるエストの周囲では不思議と誰も口にした事が無いし、婚約候補者であるアティリオを、エストが気にして気遣っていた素振りも無い。ついでに、今でもかなり良好な関係を築いているように見えるパヴォド伯爵家とアルバレス侯爵家が、何故婚姻による縁故を結びたいのかもサッパリ分からない。


ユーリの主人曰く、こちらの世界……少なくともバーデュロイでは、娘の結婚には父親ないし祖父など一家の家長の許可が必要となり、嫁に迎えるには彼らに許しを請わねばならないらしい。

貴族の伯爵家長男であるグラもまた、確か自分の結婚にはまず父伯爵の許可が必要云々と口にしていたので、恐らくアルバレス侯爵家でもその習慣に準拠しているものと思われる。


そして、エストやコンス嬢の口振りからするに、ワイティオール侯爵は娘のコンス嬢がアティリオと結婚する事に難色を示しているが、コンス嬢は友人達を味方に付け、パヴォド伯爵に『長年の役割に対する返礼』としてアルバレス侯爵家との橋渡しや虫除けを依頼していた。

……という推定で、良いのだろうか。


「そうですわ、コンス。

わたくし、明日のアルバレス家の夜会に招かれておりますの。是非わたくしと参りましょう?」

「ええ、必ず出席致しますわ!

ああ、一番美しく見えるドレスを選ばなくては! 明日の夜までに時間は足りるかしら」

「あら、それでしたらわたし達と一緒に今から選定致しましょう?

小物や髪型も、念入りに支度しておいて入れすぎるという事はありませんもの」


にわかに茶会はレディ・コンスタンサを飾り立てようの会に主旨を変え、衣装室に場を移動して上へ下への大騒ぎになったのである。



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