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ただ今、螺旋階段の影からこんにちは、なユーリです。


「お前はまた、こんなところに忍んで来て……階段で転びでもしたらどうするんだ?」

「ふふ、そんな事を仰っても無駄ですわ。

わたくしのお転婆ぶりには、カルロスも匙を投げたではありませんか」


未だ淡く輝きを放ち、発光する小さな球体が舞い、周囲を幻想的に照らし出す塔の最上階で。

カルロスはエストの手を取り、呆れたようにそんな小言を口にするも、彼女はわざとらしく小首を傾げてにっこりと微笑んでみせた。


うーん、舞台装置も雰囲気もバッチリ、今回は無粋な横槍を入れてくるお目付役もいません。

私は唯一の観客として、姫君と魔法使いの恋物語を、遠慮なく見物させて頂こうと思います。

当人同士の側に居ると実に居心地が悪いですが、こうして離れた場所からじれったい男女を眺めているのは、乙女としてはやっぱり興奮しますねぇ……!


「それは自慢にならん、自慢に。

……エストがこんなところにまで来なくても、帰る前に俺の方からお前のところへ訪ねるつもりだったんだ」

「そうしてわたくしには素っ気ない挨拶だけを告げて、帰ってしまうのでしょう?」

「当たり前だ。ここは閣下とエストの家であって、俺の家はあの森にあるんだからな」


エストは拗ねたように「酷いわ」とだけ呟いて、カルロスの手を両手で握る。そうして何かをねだるように、無言のまま彼を見上げて。

カルロスは自身の感情を抑えるかのように、困ったようにしながらも表情をしかめる。


「エスト……エスト、エスト、俺は……」

「分かっていますわ、カルロス。わたくしだって……」


ゆっくりと、足元から舞い上がってゆく光の球体が数を減らしてゆく中で。

そのまま2人はただ無言で見つめ合い、カルロスはエストに取られた手を眼前にまで持ち上げ、片方の手を取り、ゆっくりとその指先に唇を落とす。とても大切そうに、一本一本に触れるだけの口付けを捧げ、そのままひっくり返すと、今度は彼女の手のひらへと。

その間、もう片方のエストの手は、カルロスの空いた方の手によって指を絡めるようにしっかりと握られ、捕らわれていた。

深い溜め息と共に押し当てられていた唇が離れると、エストはそのままその手をカルロスの頬にあてがう。


「このままお前を連れ出したら、どうなるかな」


エストの手のひらの温もりを味わうかのように目を伏せ、カルロスは低く囁いた。

そんな主の一言に、ひたすら縮こまって邪魔にならないよう傍観していたユーリはビクリと身を震わせた。

身分違いの恋の果ての駆け落ち……ありきたりな話だが、主人がそんな選択をしたりすれば、しもべである自分はどうなるのだろうか。

一緒に連れて行かれる? 置いてきぼり? それとも……


「それはもう、父は冷静に連盟に対して抗議するでしょうね」

「だろうな。そうして連盟はスポンサーと国、両方に背いたとして、死に物狂いで俺に追っ手を出すな」

「逃亡と潜伏の連続で、追っ手を返り討ちにして……けれど、どこまで逃げてもマレンジスに安息の地はないのでしょうね」


……な、何か2人して、淡々と凄い会話してません?

今まで何度も、駆け落ちについて考えを巡らせたって事なのでしょうか。


「そんな生活、俺はゴメンだね」

「気が合いますわね。わたくしもですわ」


台詞こそ冷たく響くが、カルロスもエストも、痛みを堪えるかのように辛そうな表情を浮かべている。


「結局は、まだ現状維持、だな」

「カルロス、わたくしはあの父の娘。黙って言われるがままに踊る人形ではなくてよ」

「頼もしいな。

俺も、曲がりなりにもあの方に育てて頂いたんだ。自分に不利な勝負なら、素知らぬ顔してゲームを外部から操作するのは得意だね」


クスリ、と、小さく笑いを漏らす2人。


「なあ、エスト……あまり早く、大人にならないでくれよ?」

「カルロスったら……」

「もう少しだけ、俺に時間をくれ。そうしたら……」

「ええ……」


その時、先ほどから数を減らしていた光の球体の最後の一つが舞い上がり、それで結界修復術は完了したのか、淡く発光し続けていた魔法陣はフゥッと光を消し……月と星々、そしてエストが持参してきたカンテラの灯りのみになった。


夜空に浮かぶ星の煌めきと、地上の城下街や城で明々と浮かび上がる篝火の光。それらが一体となり、まるでこの塔の最上階のこの部屋だけが、世界から切り取られたかのような。

時は、彼らの望み通りに止まってしまえるのだと、そう錯覚させる。


「流石に暗いな……」


カルロスがパチンと指を鳴らしながら「光よ」と呟くと、彼の指先に光り輝く光源が現れた。魔法使いが光を生み出すなど、いかにもな魔法で雰囲気はバッチリなのだが……


あ、主……何故、懐中電灯代わりの明かりを、超ミニサイズのネコなどという形状にする必要が!?

実に器用ですが、あなた様はどこまでネコ好きなんですか、今までの『をとな~』な雰囲気が呆気なく霧散して、そこはかとなくダレた空気に早変わりしたんですけども!


肉球で石造りの階段をバシバシしつつ、内心でそうやって全力ツッコミを入れているユーリをヨソに、カルロスの作り出した明かりを目にしたエストは、


「まあ、とっても可愛らしいわ!」

「だろう?」


おおおい!? エストお嬢様まさかの大喜び!?

ちょっ、どんだけネコ好きなんですかこのカップル!?

しかも主、エストお嬢様の賛辞に鼻高々だし! こっち向いてどや顔しないで下さいませんかね?


「エスト、流石にこんな遅くまで行方を眩ますのはまずい。

部屋まで送る」

「……分かりましたわ」


部屋へ帰る事を促すカルロスに、エストは数瞬躊躇ってからコクリと頷いて……辺りを見回して小首を傾げた。


「ところでカルロス、ユーリちゃんはどちらに?」

「ん? ああ、あいつなら今見張り番中。

ユーリ、もうこっちに来て良いぞ」


別段、ユーリは誰かが階段を上がって来ないかどうかを見張っていた訳ではないのだが……いや、誰かが上ってくる足音が聞こえれば、それは即座に迷わず主へと伝えるので、見張り番をしていたと言えなくもない。結果的には初志貫徹に野次馬っていたのだが。


カルロスの呼び掛けに応えて階段を上がり、ひょっこりと顔を覗かせたユーリを、エストが嬉しそうに抱き上げてきた。

この子ネコの姿になっている際は、様々な人々からとにかく抱っこされたり撫でられたりの毎日だが、果たして自分はこのままで良いのだろうかと、若干哲学的な気分になる瞬間だ。いや、ネコ大好き主のお望みのままな訳だが。


そういえば、と、ふとユーリは考える。

今こうして、ユーリを抱き上げて頬擦りしてくるエストも、ぐりぐりと頭を撫でてくるカルロスも。決して、お互いを抱き締め合おうとしない。

カルロスはどちらかと言うと、積極的で情熱的なたちであるようだ。その眼差しに熱い恋情を滲ませ、愛おしげに手のひらへ口付けたりしているくせに、強く惹かれているのは傍目にもよく分かるのに。


どうして……『好きだ』『愛してる』とは、口になさらないのでしょう。


お互いの気持ちが通じ合っていても、相手の口からその言葉を聞きたくなるものではないのだろうか。

こちらの世界では、直裁的な言葉を相手に掛ける事は、無粋だとして避けられているのか。それとも。


……例え誰に邪魔される事なく2人っきりの逢瀬でも、決して抱き締めたり好意を口にしてはならない、そんな理由があるのかもしれません。


ユーリの脳裏に、パヴォド伯爵がカルロスに向かって、エストについてを話す際の笑顔が蘇り……ゾクリと、背筋に悪寒が走ったのである。

伯爵にとって、カルロスも、エストでさえも、有益な手駒なのだとしたら。彼らの確定的な行為一つで、ここぞとばかりに何らかの処置が下されるのかもしれない。


伯爵の思惑がどこにあるのかはユーリには全く分からないが、そもそも曲がりなりにも大貴族の姫君である自分の娘の子守を、年端もいかない少年に任せるなど、考えてみればおかしな話だ。

……そもそもの発端からして、将来2人がこんな感情を抱くよう、伯爵がそうして策略を巡らせて仕向けたのだとしたら。ユーリの主は、かのお方の掌の上でいいように転がされているという事になる。


……大丈夫。例えそうだとしても。

私の主は、やると決めたらやり遂げるお方なのですから。


パヴォド伯爵が娘と配下を利用して何を企てようとも、カルロスは黙って不利益を被り、みすみす望ましくない相手の手に想い人を渡すような人ではない。


生まれて間もない子ネコだと信じて、素直に可愛がってくるエストの頬に、ユーリは自らの頬を擦り付けた。

愛くるしい彼女は、驚いた事に自分よりも年下の少女なのだから。


年上のお姉さんとして、お嬢様の事は私が守って差し上げなくてはね。



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