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閑話 ご主人様から見たわんことにゃんこ そのじゅう

 

「もういっそ、元の世界に帰るか? ユーリ」


カルロスがそう問い掛けた時のにゃんこの顔は、予想外の言葉を投げかけられたと言わんばかりに唖然としたものだった。

自らが在るべき当然の居場所として、カルロスの元を無条件で思い定めていてくれているのが、目に見えない『家族』の証明のような気がして。

彼女を故郷に帰還させる事が最善なのではないかと感じているのに。それが無性に嬉しかった。



ゴンサレスが黙って好きにさせている姿勢を貫いているのを良いことに、セリアが抱いて当然の疑問や不満を、『にゃんこ・らぶ!』の勢いで半ば無理やりごり押しに押し切って、なんとか誤魔化したカルロス。

そしてゴンサレスとセリアを交えた朝食会がひとまずお開きとなり、カルロスと愉快なしもべ達はカルロスが昔住んでいた使用人住み込み部屋に移動して、今後の方策を練る事にしたのである。

そこでカルロスは、かねてより思案していたそれを開口一番に言い放った。


「……か、帰るって、主。何を言ってるんです?

だいたい今帰っても、行方不明だった数ヶ月間の事を誤魔化さないといけませんし、だいいち向こうには危険人物が居ますよ。帰りたくありません」


しばし予想外の問いに固まっていたユーリは、我に返ると真顔で不都合を述べ上げて主人に思い止まるよう告げ、きっぱり拒否してきた。

だが、カルロスは首を左右に振って彼女の思い違いであると否定を示す。


「以前教えただろう、ユーリ。

召喚術にはある程度の時空間操作も可能になるから、お前を呼び出した時間軸の安全な場所に還してやる事が出来る。

だから逆に、あまり時間が空くと拙い。あちらでは数秒の間に、ユーリが数年分一気に老け……うごっ!?」


どうやら本契約完了時に解説した事項を、ユーリ本人は忘れてしまっていたようだったので改めて説明してやっていたというのに、にゃんこはあろうことかご主人様の顎にアッパーをかましてきた。これが愛らしい子ネコ姿でならば可愛い態度だが、人間の姿でやられると流石の寛大なるカルロスも苛つく。

お仕置きとして、ユーリのこめかみを軽く握り拳で両側からぐりぐりしてやりつつ、話を戻す。


「それから例の『ストーカー』だが。俺の推測が正しければ、もう向こうでお前に付きまとったりしねぇだろうな」


無論、あくまでもカルロスの推測が正しければ、なのだが。

「痛い痛い」と文句を訴えて主人のお仕置きから逃れたユーリは、唇を尖らせながらまだ嫌だと拒否の姿勢を貫く。


「こちらでの問題だってまだ残ってます。

私に一時的とはいえメイドになるよう仰せになられた、伯爵閣下のご命令はどう致します?

第一、魔術師連盟本部のお偉方にやアティリオさんやブラウさんは、急に私が消えたりしたらしつこく追及してくるのでは?

主、それをあなたが上手く切り抜けられるとでも?」


フンッと鼻息も荒く意気軒昂に次々と問題点を挙げるユーリに、カルロスは若干たじろいだ。

ユーリとカルロスの傍らでのんびりと荷物を整頓していたシャルが、呑気に「おお~」と感心して拍手なんぞしている。


……くっ、ユーリめ。地味に人の痛い所を突いてきやがる。


わんこやアティリオが、にゃんこにやり込められて『小賢しい』と癪に障る心境が、否が応でも理解出来てしまったカルロスである。


「それは……そうだが、だが、俺が嫌なんだ」

「主?」


ユーリが突然消えたら、パヴォド伯爵やゴンサレス氏は渋い顔をするかもしれない。その時にはシャルを今以上にこき使ってやる。

連盟本部へだって、実はユーリがクォンであった事実とウィリーの体験談を合わせて報告すれば、上層部は彼女を帰還させた事に納得するかもしれない。

ウィリーはもう、彼の師匠のマルシアル長老に自らの身に起きた出来事を包み隠さず報告しているだろうか。自我を得たクォンの魂を吸収する危険性を長老達が理解してくれさえすれば、ユーリやシャルは魔術師の影に怯える必要などなくなる。

後はカルロスさえ、上手く立ち回れば。


「お前が俺の手が届くところに居れば、俺はお前を利用する」

「それは、そもそもそれが主の特権では?」

「そうかもしれない。

だが、俺はエストを諦めないと決意した時に、決めた。

エスト以外のモノと天秤にかけなければならなくなれば、俺は迷わずエストをとる、と」


カルロスの命や居場所、それまで築き上げてきた全てと、エストのどちらかしか選べない時には、決して躊躇せず他を切り捨てる事を。


「それぐらいの覚悟がなきゃ、平民の分際で伯爵令嬢に求愛しようなんざ思えねえよ。

だがそれはつまり、これから先もユーリ、お前の身が危ないって未来に繋がる。俺はもう、瘴気の砂からエストを庇えって命令しちまったしな。

そうしようと決意したのは俺だし、翻意するつもりもねえ」


昨夜の馬車への奇襲で、意識を失っているエストに余波が及ばぬよう、ユーリをたたき起こしてエストの上に覆い被せさせたのだ。ユーリには瘴気への耐性があるのか否か、あの時点ではまだ不明だったにも関わらず。

迷う時間などなかった。もし、ホセを始末するべく乗り込んできた刺客が、毒で身動きの取れないエストに目を付けたら。エストには身を守る術など無く、その命は呆気なく刈り取られてしまう。


「きっとこれから先も、俺はお前を見捨てるだろう。

エストの為に死ね、傷付いてズタボロになれと命じ続けるだろう。

それが、それが嫌なんだ……」


カルロスは決して、ユーリを盾とする為に呼び寄せたのではない。彼女が命の危険に曝されていなければ、寿命を全うしていれば、もう一度召喚するつもりなどなかった。

呼び寄せて手元に置いていたのも、ただ保護して扶養しているだけのつもりだった。

……けれど、『クォン』という存在は、術者にとってなんとも使い勝手の良い『便利道具』なのである。


ユーリを再召喚した当初の、カルロスの認識は甘かったのだ。

今後の見通しを、どこか楽観的に考えていた。

全てを投げ打つ覚悟を固めたつもりで、それでいて自分の持つモノを巻き込み壊すその恐怖を、正しく受け止めていなかったのだ。

ネコに癒やしを求めておきながら。


「主」


顔を両手で覆うカルロスの肩の上へ、ユーリの小さな手がポムと置かれる。


「別にそんな事、どこで生きていたとしても、往々にしてある出来事です」

「だが、少なくともお前の故郷はここよりは安全だ」

「主にしてみれば、そう思えるのかもしれません。けれど、社会に取り込まれて擦り潰され打ち捨てられるのは、どこの世界だって同じでしょう」


カルロスの言葉を否定し続け、ユーリは「だいいち」と、傍らにチラリと目をやった。


「ここに居たら将来的にも危ないから私の事は故郷に還すのでしたら、シャルさんはどうするんです?」

「あいつは生きるも死ぬも俺と一緒だ」

「わたしの知らない間に、どうやらマスターからは勝手な認識を持たれていたようですね」

「むしろこう、差別的? ある意味男尊女卑?」

「いいえ、マスターは男には厳しいのです。その点は昔からブレません」


にゃんこの疑問に素直に答えてやったら、にゃんことわんこはご主人様の目の前で堂々と不満を漏らしだす。


「そもそも、もしもユーリさんを元の世界に戻すおつもりならば、わたしも同行しますからね」

「え?」

「は?」


わんこが鼻を鳴らしながら思いも寄らない台詞を言い放ち、カルロスは思わずユーリと揃ってシャルをまじまじと見つめてしまった。

カルロスがユーリを実家に帰す発言をかましていると言うのに、どうも先程から落ち着き払っていると思えば、シャルは自分もユーリの故郷へくっ付いて行く気満々だったらしい。


お前が『チキュウ』に出掛けて、何をどうする気だ。あっちにゃ魔物なんざ居ねぇぞ。


「何でそんなに驚くのですか、マスターもユーリさんも。

わたしがユーリさんの里帰りに同道するのは当然でしょう」


念の為にシャルの頭の中も覗いてみたが、彼は冗談ではなく本気でそう言っているし、そうする事を当然の事象として捉え、そこに何の疑いも抱いていない。

そんな結論に至った経緯は、相変わらずカルロスには意味不明過ぎてよく分からないが。


「あの……主。シャルさんを私の世界に連れて行くって、可能なんですか?」

「……シャルにとっちゃ、この世界も『チキュウ』も同じ『異世界』で一括りだからな……」


クォンとして目印が付いている状態も同然の彼らを、規定の空間時間軸へ送り出す事も、再びこちらへ呼び出す事も、どちらも容易な事である。

彼らの故郷とこのマレンジスの間しか、行き来が不可能なのではない。単に、『ユーリの世界』と『シャルの世界』は全く異なる世界なので、両者の心身にどんな影響を及ぼすかが不明なだけだ。

シャルの故郷にひっそりと存在している猛毒が、ユーリの故郷では大気中に大量に充満しているかもしれない。しかしそれは、実際に突撃を敢行してみなくては誰にも分からない。

仮に『チキュウ』がシャルにとっても安全であったとしても、数年も放置しておけば彼の身を守る外殻膜は消滅する。


「そ、そうなんですか」


そうとも知らず、微妙に『チキュウにシャルと一緒に里帰り』案に、心が傾き始めているにゃんこ。


「しかしですね、ユーリさん」

「はい?」

「マスターは我々が居なくては、寂しくて病気になってしまわれますので、こちらでまだまだ頑張りましょう」


待てシャル。お前、せっかくユーリがその気になり始めたっつーに、何を大法螺ぶっこいてやがる!?


「……そうですね、シャルさん。

私達が頑張らなくて、誰が主のご病気を阻止して下さると言うのでしょう?」

「そう、我々だけです」


カルロス様の愉快なしもべ達ははっしと手を取り合い、声を揃えて高らかに謳い上げる。


「ご主人様の度を超した動物好き暴走を止められるのは、わたし達だけ」


いったいいつの間に、こいつらはここまで分かり合うようになったのだろうか。ついこの間まで、ケンカばかりしていたというのに。


「……お前ら、何だかんだ言いつつ、随分仲良しこよしになったな……」

「主関係限定ですよね」

「そうですね、マスターに関する出来事に限ります」


カルロスを向こうに回す時だけタッグを組むしもべ達は、満足げに頷き手を解く。


「ですから主、私、還りません。いつでもあちらに戻れるんだと、分かっていればそれで十分です」

「……一応、送還には結界術基準を満たしてる魔法陣が敷かれた空間が必要になるからな?

具体例を挙げると、森の家のとか本部の塔のとか、昨夜お前が寝てた部屋ぐらいの陣だからな?

戦場の真っ只中でいきなり『主、私もう今すぐ還りたいです』発言は通らんからな?」


カルロスの念押しに、ユーリは驚いたように一瞬目を見開き……コクリと頷いて了承を示した。


今はこれ以上押しても無駄だろうと、カルロスは溜め息を吐く。

彼女の意志に反して強引に送還するのは可能だし、反発するシャルを抑えつける事も、主人たるカルロスにしてみればそう難しい事ではない。


だが、彼はそれを本心から望んでいるのではない。

シャルやユーリが共に在る事がもう既に当たり前となっていて、にゃんこを手放すのはカルロスにとっても苦渋の選択である。

危険を遠ざける事を第一とするのならば今すぐに説き伏せるべきであるし、かといって心の安寧や安らぎの一助となるにゃんこが側から消えるのも嫌だ。


何だかんだ言っても、俺はいつまで経っても非情になんかなりきれないんだな。


やり切れないその矛盾が許されるのは、いつまでだろうか。

カルロスは思考を切り替えて、ユーリの頭にポムと手のひらを乗せた。


「伯爵閣下のご命令だが。流石に黒髪黒眼のままじゃあ、メイドとしてやっていくには悪目立ちしそうな気がする」

「……私、囮でございとか、浄化派の皆さんいらっしゃ~いとか、もうこりごりです」


しみじみと告げたカルロスに、にゃんこは目をどんよりとさせながら同意する。


「という訳で、色を変えよう。

何色が良いとか、希望はあるか?」

「は?」

「だから、黒は目立つから別色にしよう。バーデュロイで一般的なのは、茶色か亜麻色か。次点は金髪だな」

「お、お待ち下さい主!?

髪を染めるのは百歩譲って納得するとして、こちらの世界には『カラコン』とかあるんですか!?」

「なんだそりゃ?」


頭の中であれこれと、にゃんこに似合いそうな髪色を思案していたカルロスの眼前にて、ユーリはビシッビシッと、空中に激しいチョップを幾度も唸らせた。

果たして『カラコン』とは何だろうかと、カルロスが疑問に思う時点で、既に答えは出ている。


「マスター。確か、人間は外見容姿を殊の外重要視するのですよね?

『ティカ』としてユーリさんを知る者が、異常だと感じない色合いにした方が無難なのでは?」


大きな背負い袋の中から、ユーリの物を分けて別袋に詰めていたシャルが口を挟んだ。このボケボケしたわんこが、真っ当にして建設的な意見を述べるのは珍しい。

カルロスは鳴らした指を突き付けて、シャルに『グッド!』な意を伝えた。


「おお、それも考慮しとかねえとな。

ああ、ユーリ。別に俺はお前の髪を直接染める訳じゃねえ。単純に、外殻膜の設定を組み換えるだけだ」

「はあ」


シャルの場合だと仮契約なので術の組み換えは多少煩雑になるのだが、本契約のユーリは接触さえしていれば容易かつ短時間で可能である。

どうも実感して把握出来ていないユーリに実演してやるべく、ひとまずベースをユーリ本体のまま、髪の毛だけカルロスと同じ色と髪質に組み換えて、外殻膜を反転させた。

肩口で結んでいたリボンを解いて、地毛を金髪にしたユーリの目の前に翳してやる。


「どうだ?」

「い、違和感バリバリ、です」


カルロスとしてはかなり良い出来だと思えたというのに、にゃんこ本人は自分の髪の毛としての金髪は受け入れ難い様子である。

そこでシャルが口を挟んできた。


「ではいっそ、濃い紺色の髪と瞳というのはどうでしょう?」

「何ですかそれ!? 別な意味で目立つでしょう、そんな自然界に居なさそうな色彩だなんて」


だが、つい先程建設的な意見を述べたわんこである。何か深い意味があるのかもしれないと、ユーリの髪色と目の色を変更してみる。

……なかなか可愛らしいが、黒髪黒眼以上の珍獣扱いを受けそうな娘さんが誕生した。


「シャル。この色に何か意味はあるのか?」

「単なる思い付きです」「鏡! どうしてこの部屋に鏡は無いんですか!?」


髪色と目の色だけ、着せ替え人形のように主人の意のままにされている本人は自分の状態が見えないと嘆き、ボケわんこはどこまでもすっとぼけていた。



結局、再召喚した直後に眠っている本人の意向を無視したまま、あれこれと試してにゃんこ姿を決定した時とは異なり、本人の意見も交えてあーだこーだと大騒ぎした結果、瞳の色は下手に弄らず髪色を焦げ茶色にして、『とにかく悪い方向に目立たないように』という地味な色味で落ち着いた。

幾度見直しても、今の焦げ茶色の髪の毛は取り立てて特筆すべき特徴でもなく、没個性的である。


「良いか、ユーリ。

今のその髪色を変えた姿は、あくまでも外殻膜での変身姿をネコから組み換えた姿だ。

俺が直接外殻膜に触れてないと、組み換えは出来ねぇ。いざという時に遠隔から子ネコ姿に変化させてやる事も出来ねぇからな。気を付けておけよ?」

「いや、主。人間の姿から子ネコ姿に変身を迫られる緊急時って、どんな事態ですか」


変身の制限について念押ししておくと、一時的ににゃんこ姿を失ったにゃんこは呆れて肩を竦める。


世の中、突発的なトラブルほど、何が必要とされるかなんて分からないもんだが……

まさか閣下は、ユーリの子ネコ姿への変身も含めてなにがしかの計画を立てていらしたりはしねえよな?


他の者が持ち得ない、唯一無二の身体縮小・愛玩化能力をあっさり放棄して、それでいて惜しむ様子は欠片も無いユーリの態度に、カルロスは若干不安を抱いた。

決して、しばらくあの愛くるしさ満点にゃんこをもふれないのが残念な訳ではない……筈である。



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