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夕食を一緒にとるかね? というパヴォド伯爵のお誘いを丁重に辞したカルロスは、メデューサでも直視したかのようにピキーン! と硬直してしまっているユーリをその腕に抱き上げ、部屋を後にする。

そのままスタスタと、無人の廊下を早足で歩き出したカルロスは誰に案内されている訳でもないが、彼の足取りは迷いがなく、目的地もはっきりしているようだ。


主、このお城の間取りにお詳しいので?


なんとなく、主とエスト、そしてパヴォド伯爵に関しては、簡単には踏み込んではいけない事項のような気がして。その必要があればカルロスは話してくれるだろうし、ユーリが今何を考えているのかだとて、主にはお見通しだ。知る必要の無い事はつつき回さない。

いずれにせよ、ユーリに求められている事はカルロスの負担を減らす事であって、主人としもべとしての分は弁えておくべきだ。


“ああ、大まかなところはな。

閣下やパヴォド伯家の祖先が、秘密の通路や隠し部屋をこっそり造ってるかもしれんが”


古城に存在する秘密の通路! 隠し部屋! まさにロマンと冒険ですね、主!


そんなカルロスからの返答に、ユーリはカルロスの腕を無意識のうちに尻尾でポムポムしていた。

彼女の脳裏には、日本で遊んだテレビゲームや冒険小説の世界が広がった。

そんな血肉沸き踊る世界が、手の届くところにある!……かもしれない。


“地下には拷問部屋や、通路には盗賊殺しの仕掛けがあるかもしれんがな”


……ッ!!


“まあ、どうしてもお前が冒険してみたいと言うのなら、前々から隠し部屋への入り口なんじゃないかと睨んでたところへお前を放り込んでやるのに、俺もやぶさかじゃない”


イイ笑顔を浮かべて見下ろし、そんなテレパシーを飛ばしてくるカルロスに、ユーリは懸命に首を左右に振った。

このご主人様は、やると決めたら本当にやるお方である。

ネコの姿では脱出不可能な迷宮へと放流された暁には、ユーリが大混乱をきたしながら右往左往する様を、腹を抱えながら高みの見物と決め込むに違いない。テレパスを駆使しての、リアルタイムで冒険実況ラジオ状態……自分が迷宮に潜る方でなければ、とても楽しそうだ。


あー、えー、主。

ところで、今はどちらへ向かっていらっしゃるのでしょう?


パヴォド伯と対面した部屋周辺は非常に内装にも凝っていたのだが、カルロスが歩を進める廊下はどんどん殺風景になってゆく。こちらは城の外周に近い回廊なのだろうか? ガラスも入っていない、ただアーチ状に開けてあるだけの大きな窓が並び、主の腕の中から身を乗り出して下方を覗き込めば、歩哨らしき人々が簡素な武装に身を固め、2人一組で巡回しているらしき姿が小さく見えた。


先ほどまでの通路の床には豪華な絨毯が敷かれ、両側の壁には等間隔で燭台が取り付けられており、明るく照らし出されていたのだが。今は大きくアーチを描く窓の向こうから差し込む、暮れてゆく夕日の茜色の光が唯一の光源である。

石材の床はカルロスの足音を小さく響かせ、カツン……カツン……と、無人の廊下に溶け込んでゆく。

そして廊下の突き当たりに辿り着き、彼はそのまま螺旋階段を軽快に上りだした。外から城を眺めた時に見えた、塔のうちのどれかだろうか。


“このまま上に行って、結界の定期メンテ。

この城だけじゃなくて、フィドルカの街とその周辺をカバーする大規模結界だからな。穴が空かないようにしとかねーと”


ぐるぐると回りながら上る螺旋階段は、やはり空間が開いているだけの換気と採光用の窓と思しき物が要所にある。雨や雪が降ったら、簡単に滑り落ちそうだ。


それが、主のお仕事のうちなんですね。

ところで、『結界』って具体的にはどんな効果があるんです?


“この城のは、単純に魔物の侵入を阻む壁。

家の周囲のは、それプラス住人以外の侵入拒否と、探知遮断”


……探知?


“連盟の連中に、俺の住まいを知られたくねえからな。

けど、見る奴が見れば遠距離からでもそこに結界があって、誰が張ったのかはだいたい分かる。けどそれじゃあ意味がねえだろ? お前流に言うと、『ステルス』を付加してる”


ふわ~流石は剣と魔法の世界……こちらの世界は魔物除けの結界などというものがあるのですね。


道理で、カルロスの家でのほほんと暮らしていた頃は、魔物の姿を影も形も見掛けなかった筈だ。今日のように家の敷地から出れば、すぐさま馬車に襲い掛かろうとするゴブリンなんて存在が、グリューユの森には存在していたのに。


ところで、伯爵との対面を経てからこっち、カルロスとユーリはずっと、思念によるテレパシーを使用して会話している。

どうも、ユーリがカルロスの使い魔であるという事実はパヴォド伯爵の命令通り隠し通すつもりであるらしく、自宅以外での主は、ネコ姿の彼女との会話は全て徹底的にテレパシーで済ます事に決めたらしい。

先ほどから人の姿が全く見当たらないにも関わらず、カルロスは決して口を開こうとはしない。


夕日も大分傾いてきた頃、ようやく螺旋階段は終わりを告げた。

床一面に、どこか見覚えのある複雑な紋様や文字が記された魔法陣が描かれており、どこで見たのだろうかと記憶をひっくり返すと、カルロスの仕事部屋の一室の床と似ている気がした。

この塔の最上階は壁らしき物がなく、ただ四方を太い石柱で囲むのみであり、天井は高い。転落を防ぐような柵は見当たらず、おまけにこの塔の最上階は城の中で最も高い場所なのか、見晴らしが恐ろしく良い。お前1人で上れ、と言われたらユーリはウンザリするような高さだ。こういう時は、本当にカルロスに運ばれて移動する場合が多いネコ姿で良かったと思える。


目的地に到着するとカルロスはユーリを腕から下ろし、


“今日はシャルを連れてきてねえから、あんまり隅の方へは寄るなよ”


そんな注意を促して、魔法陣の中心に立った。わざわざ言われなくとも、あんな強風に煽られて簡単に転落死しそうな隅の方へなど、近寄る気にもなれない。

というか、先ほどの主の言では、シャルが側にいれば落ちかけても助けて貰える、という意味に聞こえたのだが、あの同僚はそんなに機敏だったのか。

普段のほわんとした雰囲気からは全く想像もつかないが、カルロスがそう言うからには、転落しかけた誰かを救った実績が恐らくあるのだろう。

……それにそう、ユーリも今日の昼間、うっかりと井戸の中に転げ落ちそうになったところを、シャルにサッと救われなかったか?


取り敢えず、陣の上にユーリが立っていようが問題は無さそうなので、目を閉じ何やら呪文を唱え始めたカルロスの傍ら、主のブーツに頭を預けるようにして、ちょこんとお座りしておく。場所が場所だけに、何かこう離れるのが怖い。

そして、手持ち無沙汰につらつらと1人で考えこんだ。


益々不思議な人です、シャルさん……帰ったらじっくりお話を聞き出したいものです。

というか毎回毎回、なんだかんだと邪魔や仕事が入って、私、シャルさんと2人きりでじっくりお喋りとか、した事無くないですか?

一緒に居ても、会話はお勉強お勉強ばっかりで……

お留守番中のシャルさんに、この機会に何かお土産を買って行きた……いですが、私、こちらの世界の通貨を持っていません。主にお願いしたら、買って下さるでしょうか?


「光の導は星と共に、我らの灯火を司る。

暗雲を払い、我らの頭上に輝け!」


ボケーッとよそ事を考えているユーリはさておき、ずっと集中してブツブツと呟いていたカルロスが最後にそんな呪文を唱えると、床の魔法陣が輝きを放ちだした。主の魔法の副作用か、心持ちユーリの体まで仄かに光っている気がする。単なる反射なのだろうが。

ゆっくりと、魔法陣から光を放つ蛍のような丸く小さなものが幾つも幾つも浮き上がってきて、ふわふわと城とフィドルカの街上空へ向かって舞い上がってゆく。


綺麗ですねぇ……これが結界の修復ですか。


“……ああ、そうなんだが……”


感嘆の声を上げるユーリに、カルロスは腑に落ちない様子で首を傾げた。


どこか、結界や修復の術に不具合でも見受けられたのですか?


“いや、逆。やけにスムーズに修復が行われてるし、今まで以上に規模も耐久も強化されてる”


……という事は。前回結界のメンテを行った時から、主は魔法使いとして、劇的に成長したのですね!


“……そうなる、んだろうが……”


知らぬ間のレベルアップ、めでたいめでたいと単純に喜ぶユーリを再び腕に抱き上げて、カルロスはしかし納得しかねる様子で考え込んでいる。

ユーリはパタパタと尻尾を振り、にゃーにゃーと鳴き声を上げた。


うう、視点が益々高く……あ、あんな遠くにもっと高い山が……


もう殆ど沈んでしまった夕日とは丁度反対方向に、暗く遠く霞みながらも、山脈が見えた。

なんだか、東京タワーから富士山を眺める観光気分だ。

それを見物している間にもジリジリと太陽は地平線の向こうへと沈んでゆき、世界は暗闇に閉ざされた。


“ああ、あの山な。そうだな……あれは言うなれば、魔王城だ”


は!?


発光し続ける魔法陣から、ふわりふわりと小さな光の球体が舞い上がってゆく中、もっともらしい表情を浮かべたカルロスが、腕の中のユーリを見下ろしつつそう告げてきた。


“そして十中八九、俺の祖先の故郷でもある”


はい? え、魔王城がですか?

というか、この世界には魔王が居るんですか!?


カルロスはわたわたと慌てるユーリをしばし眺めて……堪えきれずにぶぶっ! と吹き出した。


“ま、本当に魔王なんて存在が居るかは定かじゃねえが、あの山から魔物が湧き出てくる事は確かだ”


カルロスの解説に、ユーリは『はあ……』と、気の抜けた吐息を吐いた。

一瞬、そういった認識を受けている存在がいる世界ならば、勇者様的な英雄が現れたりするのだろうか! などと、現実的な生活の危機も忘れてミーハー根性がむくむくと湧き上がったが、どうやら彼女の主の単なる冗談であったらしい。


こちらの世界でも、魔王はお伽話の中で存在しているのですね。ガキっぽい趣味を持ってるしもべで申し訳ありませんね!


それにしても、何故にそんなところにカルロスの祖先は暮らしていたのかと、素朴な疑問が湧いてしまう。

しかし、ユーリがその疑問を主へとぶつける前に、


「……エスト?」

「やはりこちらでしたのね、カルロス」


修復のお仕事を終えて最早ここでの用事は済んだのか、螺旋階段の方へと振り向いたカルロスの目の前に、丁度そこをカンテラを片手に上ってきたエストが姿を見せたのである。


互いの目と目が合うなり、ふわりと微笑み合う男女。

お邪魔虫にならないよう、ユーリは慌ててカルロスの腕から飛び降り、早歩きでエストの傍らにまで出迎えに向かう背中を眺めた。


……もしや主は、以前からこの場所でエストお嬢様と、人目を忍んで逢い引きとかなさっていらしたんでしょうか?

ここに居たら確実に私、邪魔になってしまうのですが……かといって、このまま1人で帰宅とか無理ですし。

いえ、むしろお留守番しているシャルさんへのお土産を、ちゃんと用意出来るのかが益々心配になってきました。ごめんなさいシャルさん、今夜のお夕飯はとっても遅くなりそうです。



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