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prologue

 

若気の至りとでも申しましょうか……私にも、かつては後先や裏の意図を考えない、未熟過ぎる程に愚かな若い頃があったのでございます。

そして、その頃の浅はかな言動によって、私は今……


「ほーれユーリ、気になるだろう? うりうり~」


目の前で金髪碧眼美形の兄ちゃんが、満面の笑みでネコじゃらしをフリフリする、などというまさしく反応に困る窮地、理解不能な事態に陥っているのでございます!



内心嘆いている彼女の名は森崎悠里。当年とって18歳の、箸が転がるだけで面白おかしく笑い転げるお年頃の、人間の娘(ここ重要)である。

そんな彼女が今、いったい何をしているのかというと……

綺麗に掃除された自らの自室の床の上に、うつ伏せに寝そべった主が機嫌よくフリフリするネコじゃらしに、利き前足でネコパンチを繰り出しているところであった。


彼女は人間ではないのか? と、ツッコミをいれたくなる状況説明であるが、TPOに合わせたお義理で肉球てふてふ攻撃に、ただいまご機嫌急上昇中な彼女の主の意向によって、ユーリは人間でありながら黒い毛並みの子ネコの姿に変化させられているのである。


彼女の目の前の金髪碧眼美形兄ちゃんこそ、諸悪の元凶な主である魔法使いのカルロス様。

そしてユーリは、不承不承ながらそんな彼の使い魔を務めていた。

ここはユーリの故郷たる地球の日本ではなく、魔法使いカルロスが生まれ育った世界……眼前で揺れ動くネコじゃらしを、邪魔臭いと言わんばかりに鬱陶しげに振り払っているユーリにとっては異世界にあたる。


こちらの世界には魔術を論理的に体系だてて学問として広く研究し、発表する機関というものがあり、一般的な人々にとってその存在は当然のものとして認知されている。

そんな魔術の中に、使い魔契約というものが伝えられていて、ユーリはその契約を求めるカルロスの広げた界を跨いだ探査検索術に、うっかりとヒットしてしまったのだ。


こちらの世界での使い魔契約とは、いわゆる自らの能力を高める裏技的なチート術とでも言おうか。使い魔の知識、能力、そういったものを自分のものにするべく、魂を食ら……もとい吸収するのである。

手段の是非はともかくとして、お手軽レベルアップ方法として魔法使いの間では知られているようだ。


ただ、リスクのないハイリターンな手段という便利なだけの魔術でもなく。自分自身の魂に他者の魂を吸収する訳なので、当然合わない場合は拒否反応が出て恐ろしい事態に陥ってしまうようなのだ。

世の中、便利な手段ほど濫用出来ないよう上手く出来ているもの。

しかしそこはそれ。抜け穴を探す人というのはいつの時代にも現れるもので、『全く同じ魂から分離した生き物から魂を吸収すれば、100%拒否反応は起こらない』というかなり乱暴ではあるが盲点を突いた手法が発見され……カルロスが魔法使いとして学んだ現在では、使い魔契約を結ぶのは同じ魂を持った存在が当然、という常識がまかり通ってしまっているのであった。


その話を聞いた時にユーリは、(……まるで移植手術のようだ)などと連想したものである。

いわゆる、自分の体の一部をクローニングして移植するという技術。

彼女の理解力では、恐らく似たようなものという認識でいれば良いのだろう。


つまりユーリと彼女の主であるカルロスは同じ魂を持つ存在という訳で、彼と使い魔契約を結んだ彼女は、死ねばカルロスに魂を食……吸収される訳だ。

では何故、ユーリはそんな理不尽な契約を結んだかと言えば……これがもう、若気の至りという他ないのである。


……初めて主に召喚された私は、『使い魔にして私の魂が欲しけりゃチョコをくれ』という契約を結んだのです。

ええ……私は文字通り、チョコレートに魂を売った女なのです!

なんと愚かだったのでしょう、5歳頃の私は。

そしてそれから色々ありまして、主は見事に異世界の食べ物を私に差し出すという契約を完了せしめ。私は正式にカルロス様の使い魔となり、主からのご下命を日々誠心誠意、果たしているのです。


そして我が主は超特大の動物好き。

つまるところ、本日のご命令は『ネコじゃらしでにゃごにゃご』にございます……


ユーリは遠い眼差しを彼方へと向け、再び声にならない嘆きを上げる。今はネコなので、いくら声帯を震わせようとも「にゃーにゃー」というネコの鳴き声でしか音になってくれないのだ。

頭の中で考えようが、ネコの鳴き声として口に出そうが、主であるカルロスはその気になれば彼女の思考はテレパスで軽々と読めてしまうので、丸々筒抜けである。

なので、さして気にする事なくユーリは独り言をペラペラと喋った。無論、口から出るのは相変わらず「にゃうにゃう、に~」といった、子ネコの鳴き声だが。


それにしても、こちらでの『使い魔契約』や『使い魔の在り方と意義』は、私の世界でのイメージとは全く違っているようにしか思えません。魔法使いなんて存在は、そもそも迷信と言われるような社会に生まれ育った私ですが、その辺りの違和感は全く拭えないのです、主。


「それは恐らく、ユーリさんの世界にこの世界での『***』と、正確に符合する単語が存在しないからだと思いますよ」


『ネコじゃらしフリフリ』から、続いて『抱っこして頬擦り』に移行するカルロスの、止まるところを知らないネコ可愛がりタイム、自らと主の2人だけの空間にげんなりしていた彼女の耳に、不意に第三者の声が割り込んできたのであった。


「シャル、せっかくだから今日はお前もイヌバージョンになって、ユーリと二匹で俺を癒すか?」


カルロスがユーリを抱き上げたままドアの方へと振り返るので、彼女の目にもその姿が映った。

魔法使いカルロスの第一の使い魔、ユーリにとっては同僚で先輩にあたる、シャルと呼ばれている青年である。

動物大好きなカルロスは、使い魔であるユーリをネコに、シャルをイヌの姿に変身させて日々の疲れを癒やしているらしい。


「せっかくのお誘いですがマスター、生憎とわたしにはまだまだ仕事が残っておりますので、ご遠慮させて頂きます。

わたしの分まで、ユーリさんがたっぷりお相手して下さると思いますし」


彼はキッチンから運んできた、お茶の入ったカップと、ミルクの入った浅い皿、そして焼き菓子が盛ってある菓子皿を乗せたトレーをカタンと机の上に置き、笑顔で主人に命令拒否の旨を告げる。


……主、使い魔からあっさり反抗されていますよ、良いんですか?


「ちっ……最近付き合い悪いぞ、お前」

「マスターが家事をなされれば、貴方様のお望みのままになりますが?」

「よし分かった。シャル、仕事に戻って良し」

「イエス、マスター」


ユーリの同僚にして、この家の殆どの家事をたった1人でこなしている、執事兼家令兼家政夫状態のシャルは、優雅に一礼して退室していった。

ユーリはまだこちらでの生活に慣れておらず、主のカルロスと先輩であるシャルから基本的な常識や知識、お仕事を教わっている真っ最中。

故に、シャルに掛かる負担は軽減されるどころか逆に増えている有り様。

そんな毎日では、主の息抜きにまで付き合っていられるか! という気分だったとしても無理はない。


……何気に気になる事を口にしておきながら、なんというマイペースな主従なのでしょう。取り敢えず主、私室で動物わふわふモフモフ空間というのが癒やしというのは同意しますが、しかし中身は人間というのは本当に癒されるのでしょうか?


ユーリはにゃーにゃーと鳴きつつ主の気を引くと、カルロスは彼女が人間の姿の時では間違いなく見せない、蕩けるような笑みでネコなユーリの頭を撫でる。


「よしよし、ユーリ、喉が渇いただろう? ミルクを飲もうな」


……我が主は、分かっていてこんな言動をとっているに違いありません。


ユーリが不機嫌にフシャーッ! と威嚇的な鳴き声を出すと、カルロスは仕方がなさそうに表情を改めた。


「分かった分かった、疑問には答えてやる。だがミルクは舐めろ」


まともに会話しようとしない点が嫌だとか、主が手ずから床に直に置いた皿の上のミルクを舐めとれだとか……まあユーリは色んな状況が不愉快なのだ。

だが所詮、彼女は主たるカルロス様のしもべ。

悲しいかな、人間である悠里の人権なぞ、カルロスの使い魔でネコのユーリという生活の前では、ぼろ雑巾のように打ち捨てられてしまう定め。

様々な諦めを抱き、大人しくミルクを舐め始めたユーリの背中を、カルロスはそれはもう嬉しそうに撫でさする。


……主、飲みにくいです。



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