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うちとそと

作者: 雨咲 しゆみ
掲載日:2026/03/13

 ***

 

 本当にありふれた毎日。

 面倒じゃないくらいに距離の近い“連れ(トモダチ)”と、“何となく”で決めたイタリアンに入る。

 温かい。春先の寒さで凍えた指先が、柔らかな熱で溶けるように緩む。


「どれにしようかな〜。あ、私これとこれ〜」


 その子が頼んだのは、可愛いトマトのブルスケッタとジェノベーゼ。

 私は隣のページ。メニューの上から三番目に並んでる適当なリゾットを頼む。同じのは選ばない。

 それで芸能人のゴシップとか。どこかでもう咲いた桜なんかの話をしてる。


 お互いに、相談なんてしない。

 悩みがないわけじゃない。いつだって、なんかに腹を立ててるし。

 どうしようもなく将来が不安になったりすることだってある。


 でも別に、この子に話すことじゃない。


 “どうでもいいもの”だけ分け合えればいい。

 そんな距離感の、ちょうどいい“連れ(トモダチ)”。


 私はこの子のことが“好き”。もちろん、トモダチとして。

 至極真っ当な、“正しい”意味で。


「ねえ。好きな人ができたの」


 料理が運び込まれる前に、その子がそう言ったんだ。

 何の確認もなく、私に。


 あ、そう。

 短くそう返事する。そこに感情は乗せない。


 でも、悲しかった。


 あーあ。この子も“違った”。


 私に“内側”を見せようとした。


 私に──“友人(トモダチ)”であることを求めた。

 “ちょうどいい”。逆に言えば“どうだっていい”関係から、一歩私に近づこうとした。


「それ、“今度”ゆっくり聞かせてよ。

 ほら、カラオケ好きだったじゃん。ここじゃ、誰か聞いてるかもしれないし」


 嘘──。


 “今度”なんてない。

 私の“内側”には触れさせない。“そっち”にも行かない。


「でも……」


 その子が悲しそうな顔をする。

 やめて、悲しいのはこっち。


「お待たせしました」


 ちょうど空気を切るように、料理が運ばれてくる。

 私は笑顔で言った。


「ほら見て。可愛い」

「うわわ! ほんとだ可愛い!!」


 瑞々しいトマトに、バジルと黒コショウのかかったブルスケッタ。

 どうでもいい。食事なんかに楽しみもないし、味だってよくわからない。


「写真、撮ってもいい?」

「なんでうちに聞くの? どうぞw」


 スマホを取り出して、パシャパシャと写真を撮る。

 そんなその子に向けて、私は心の中でシャッターを切る。何度も、何度も。


 これで“終わり”……か。


 “熱”が近づくと、つい遠ざける。


 火傷しないくらいの。ちょうどいい距離感が好き。

 温かいのは好き。でも、暑いのはキライ。


 寒いのには慣れてる。冬は、苦手じゃない。

 だからいつも、“孤独”を選ぶんだ。


「ねぇ。しゆみちゃんも」


 その子が私に“内側(セルフィー)”を向ける。画面越しに見えた私の顔は、上手く笑えていた。


「あれ……?」


 その子が言う。


「何で悲しそうな顔してるの?」


 いや、全然……。

 思わずそう言いかけて、やっぱりやめた。

 

 いつの間にか、見せてたのかな。


 私の“内側”──。


 恥ずかしくなって、席を立つ。


「どこいくの?」


「ちょっと。いま前髪が……トイレで直してくるね」


 気づかれないくらい。少しだけ足早に、私は“そこ”に駆け込む。

 個室からおじさんが出てきて、私を見て驚いた顔をする。


 この“瞬間”は、いつもうんざりする。


 鏡に映る“私”は、本当に“うち”なの?


 下ろした前髪の奥から覗く瞳だけが、いつもの輝きで“うち”を見ている。


 心と身体が一つになる場所は、どこにあるの?


 もっと普通に笑えたら。


 もっと普通に話せたら。


 もっと普通に、恋ができたら。


 もっともっと、世界は……。


 ***

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― 新着の感想 ―
感情がとても生々しくてすごく切ない気持ちになりました…(´;ω;`) 書いてくださりありがとうございます。
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