うちとそと
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本当にありふれた毎日。
面倒じゃないくらいに距離の近い“連れ”と、“何となく”で決めたイタリアンに入る。
温かい。春先の寒さで凍えた指先が、柔らかな熱で溶けるように緩む。
「どれにしようかな〜。あ、私これとこれ〜」
その子が頼んだのは、可愛いトマトのブルスケッタとジェノベーゼ。
私は隣のページ。メニューの上から三番目に並んでる適当なリゾットを頼む。同じのは選ばない。
それで芸能人のゴシップとか。どこかでもう咲いた桜なんかの話をしてる。
お互いに、相談なんてしない。
悩みがないわけじゃない。いつだって、なんかに腹を立ててるし。
どうしようもなく将来が不安になったりすることだってある。
でも別に、この子に話すことじゃない。
“どうでもいいもの”だけ分け合えればいい。
そんな距離感の、ちょうどいい“連れ”。
私はこの子のことが“好き”。もちろん、トモダチとして。
至極真っ当な、“正しい”意味で。
「ねえ。好きな人ができたの」
料理が運び込まれる前に、その子がそう言ったんだ。
何の確認もなく、私に。
あ、そう。
短くそう返事する。そこに感情は乗せない。
でも、悲しかった。
あーあ。この子も“違った”。
私に“内側”を見せようとした。
私に──“友人”であることを求めた。
“ちょうどいい”。逆に言えば“どうだっていい”関係から、一歩私に近づこうとした。
「それ、“今度”ゆっくり聞かせてよ。
ほら、カラオケ好きだったじゃん。ここじゃ、誰か聞いてるかもしれないし」
嘘──。
“今度”なんてない。
私の“内側”には触れさせない。“そっち”にも行かない。
「でも……」
その子が悲しそうな顔をする。
やめて、悲しいのはこっち。
「お待たせしました」
ちょうど空気を切るように、料理が運ばれてくる。
私は笑顔で言った。
「ほら見て。可愛い」
「うわわ! ほんとだ可愛い!!」
瑞々しいトマトに、バジルと黒コショウのかかったブルスケッタ。
どうでもいい。食事なんかに楽しみもないし、味だってよくわからない。
「写真、撮ってもいい?」
「なんでうちに聞くの? どうぞw」
スマホを取り出して、パシャパシャと写真を撮る。
そんなその子に向けて、私は心の中でシャッターを切る。何度も、何度も。
これで“終わり”……か。
“熱”が近づくと、つい遠ざける。
火傷しないくらいの。ちょうどいい距離感が好き。
温かいのは好き。でも、暑いのはキライ。
寒いのには慣れてる。冬は、苦手じゃない。
だからいつも、“孤独”を選ぶんだ。
「ねぇ。しゆみちゃんも」
その子が私に“内側”を向ける。画面越しに見えた私の顔は、上手く笑えていた。
「あれ……?」
その子が言う。
「何で悲しそうな顔してるの?」
いや、全然……。
思わずそう言いかけて、やっぱりやめた。
いつの間にか、見せてたのかな。
私の“内側”──。
恥ずかしくなって、席を立つ。
「どこいくの?」
「ちょっと。いま前髪が……トイレで直してくるね」
気づかれないくらい。少しだけ足早に、私は“そこ”に駆け込む。
個室からおじさんが出てきて、私を見て驚いた顔をする。
この“瞬間”は、いつもうんざりする。
鏡に映る“私”は、本当に“うち”なの?
下ろした前髪の奥から覗く瞳だけが、いつもの輝きで“うち”を見ている。
心と身体が一つになる場所は、どこにあるの?
もっと普通に笑えたら。
もっと普通に話せたら。
もっと普通に、恋ができたら。
もっともっと、世界は……。
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