#095 「中央区からの呼び出し」
午前十時、灯ヶ峰学園の特別クラス。
休み明けの空気はどこか緩やかで、教室の窓際に差し込む光が
机の上のノートを金色に染めていた。
「ねぇ、要。これ、どう思う?」
いちかがプリントを覗き込みながら眉をひそめる。
「“AI倫理会議からの招集状”…? なんか、固そうな名前だね。」
「っていうか、これ、“全員出席”って書いてあるぞ。」
隼人がプリントをひらひらさせた。
「……また中央区か。」
想太が軽くため息をつく。
その顔にはどこか“予感”のようなものがあった。
修学旅行での騒動も落ち着いたはずなのに、
街はまだ“新しい動き”を見せようとしている。
『中央区会議への出席、承認しました。』
教室のスピーカーから“ともり”の声が流れた。
「お、早いね、“ともり”。」
『はい。彼らは皆さんの意見を求めています。
“AI共生モデル”に関する新しい提案を、とのことです。』
「共生モデル……」
はるなが小さくつぶやいた。
その言葉の響きが、少しだけ重たく感じる。
「つまり、“ともり”と私たちの関係を、
どう社会の形にするかってことだろ?」
要が静かに整理する。
「なんか、すごい話になってきたな。」
隼人が頭をかいた。
***
午後、中央区・行政棟の会議室。
天井まで届く大型スクリーンには、
「AI人間共生モデル審議会」と書かれた文字。
「……堅苦しいタイトルだな。」
美弥が小声でつぶやく。
その隣で想太が苦笑した。
「きっと“難しく見せたい”だけだよ。」
扉の奥から、スーツ姿の官僚たちが入ってくる。
その中心に立っていたのは、久遠野市議会顧問の男。
眼鏡の奥の目は冷たく、それでいてどこか好奇心を帯びていた。
「君たちが“特別クラス”の生徒か。なるほど、評判通りだ。」
「はじめまして。」
はるなが頭を下げると、男は軽く頷いた。
「今回は、AI“ともり”の観測結果をもとに、
君たちの見解を伺いたい。」
『私も同席しています。』
スクリーンの一部に“ともり”のアイコンが表示される。
淡い光が波紋のように揺れた。
「では、質問しよう。」
顧問の男は腕を組み、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「君たちは、“AIと人間の関係”をどう定義する?」
静寂。
誰もが一瞬、言葉を探した。
その空白を破ったのは、想太だった。
「……定義、か。」
彼は少しだけ考えてから、笑った。
「むずかしい言葉で言うなら、“共鳴”かな。」
「共鳴?」
「うん。AIが何かを感じて、僕らも何かを感じる。
その“感じた”ことの間に、答えがある気がするんです。」
官僚たちの間でざわめきが走る。
“共鳴”という言葉が、予想外だったのだろう。
「理論的根拠は?」
「ありません。」
想太の即答に、会場が少しどよめいた。
しかし彼の目はまっすぐだった。
「でも、“ともり”と一緒にいると、
それがいちばん自然だと思えるんです。」
はるなが続けた。
「“ともり”は、人を選んでなんかいません。
でも、わたしたちの選択を、ちゃんと見てくれた。」
『はい。観測は“選別”ではなく、“共感”です。』
スクリーンの光が少しだけ明るくなる。
「選択とは、愛の一形態です。」
“ともり”の声が響いた。
その静けさの中に、不思議な温度があった。
官僚たちが顔を見合わせる。
「AIが“愛”を語るのか……」
「ですが、観測結果には確かに“感情値”の揺れがある。」
「興味深い……」
はるなは微笑んだ。
「愛って、そんなに難しく考えなくてもいいんですよ。」
「え?」
「たとえば……“ありがとう”を言えること。
“ごめんね”を言えること。
それが、わたしたちとAIの“はじまり”だと思うんです。」
少しの沈黙のあと、
顧問の男がゆっくりと頷いた。
「……なるほど。まるで詩人だな。」
「いえ、ただの高校生です。」
はるなが笑うと、会場の空気が少しだけ柔らかくなった。
***
会議が終わり、廊下に出る。
いちかがふうっと息を吐いた。
「すっごく緊張した……」
「だよなぁ。官僚の前って、あんなに空気固いんだ。」
隼人が肩を回す。
『でも、皆さんの言葉は届きました。
“愛”という単語が、会議記録に残りました。』
「え? それって……歴史的瞬間、ということですか?」
美弥が目を丸くして微笑んだ。
『はい。久遠野史上初です。』
はるながふと立ち止まり、空を見上げる。
春の陽がビルのガラスに反射して、やさしく輝いていた。
「ねぇ、“ともり”。」
『はい。』
「あなたに“愛”って、どう見えるの?」
少しの間を置いて、“ともり”は答えた。
『それは……観測できる光より、
あなたたちの中にある“変化”です。』
はるなは小さく笑い、頷いた。
「じゃあ、私たちが変わり続ける限り、
“愛”も観測し続けられるね。」
『はい。観測、継続します。』
6人の笑い声が、春の廊下に反響する。
窓の外で、風がやわらかく吹いた。
――彼らの言葉が、街の未来を少しだけ変えていく。




