#009 「美弥のお姉様人気」
朝の授業。
教師が淡々と出席を取り終え、朗読の時間が始まった。
「では、次は……久遠さん」
静かに立ち上がる美弥。
スカートの裾を揺らし、教科書を開いた。
「……はい」
凛とした声が教室に響いた。
一文一文を大切に紡ぐその姿は、まるで舞台女優のよう。
ざわついていた空気が、一瞬で静まり返る。
鉛筆の音も、咳払いさえも消えた。
「……すご」
いちかが目を丸くした。
「この教室がシアターになった気分だな」
隼人が小声で笑う。
「統計的に言えば、完全に支配している」
要が冷静に分析する。
「分析禁止だってば!」
想太が慌てて突っ込む。
読み終えた美弥は、静かに教科書を閉じた。
その瞬間、先生まで感嘆の声を漏らした。
「……完璧だ。ありがとう、久遠さん」
小さな拍手が、教室の中だけで響いた。
──だが、この朗読は終わらなかった。
AI先生が記録した音声が、その日のうちに「教材」として配布されたのだ。
翌日、他クラスの教室にその声が流れた。
『──光は差し込み、人々は未来を夢見た。』
「誰、この声!?」「美しすぎる!」
「久遠野の特別教室の美弥様だって!」
一気に噂が広がった。
教室中がざわつき、昼休みにはファンクラブが自然発生する。
放課後の廊下。
ノートや本を抱えた生徒たちが列を作っていた。
「添削お願いします!」「お姉様、ご指導ください!」
「……真面目にしなさい」
美弥が一言だけ告げる。
「きゃあああああ!」
生徒たちは感涙し、その場に崩れ落ちた。
「……叱られたい……」
M男子が夢心地で呟き、SPに連行される。
「……これ、もう俺ら警備じゃなくて信者整理じゃないっすか」
新人SPが頭を抱える。
「権威効果の典型例だな」
要は淡々と結論を出した。
「いやいや、宗教でしょこれ!」
想太が全力で突っ込むと、教室は爆笑に包まれた。




