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#063 「恋の余韻」

体育祭が終わり、夕暮れの校舎は静けさを取り戻していた。

片付けを終えた生徒たちは次々と帰路につき、賑やかだった校庭もすっかり閑散としている。


想太とはるなは、昇降口を並んで歩いていた。

夕陽はすでに沈みかけ、空には淡い群青と茜色が混ざり合っている。


「……なんだか、夢みたいな一日だったね」

はるなが小さく呟く。

「ほんとにな。午前も午後も走りっぱなしで、あっという間だった」

想太は苦笑しながら肩をすくめた。


二人の足取りは、どこか名残惜しげにゆっくりだった。


「借り物競争のこと、まだ信じられないよ」

はるなの声がわずかに震える。

「“大切な人”って……」

その言葉を思い出すだけで、顔が赤くなった。


「俺だって驚いたんだ。けど……あのとき、真っ先に浮かんだのははるなだった」

想太は照れくさそうに頭をかく。


二人の間に沈黙が落ちる。

けれどそれは気まずさではなく、胸の奥を温める静けさだった。


「……ありがとう」

はるながそっと呟いた。

「私も、うれしかったから」


視線を合わせると、心臓が跳ね上がる。

笑いたいのに笑えず、でも自然に頬が緩む。


「そういえば……応援席で、はるな、俺の名前呼んでただろ」

想太が少し意地悪そうに笑う。

「う、うそ! 聞こえてたの!?」

はるなは慌てて両手で顔を覆った。


「ばっちり。すごい力になった」

そう言われて、はるなの胸がじんと熱くなる。


――やっぱり、私は彼のことが好きなんだ。

心の中で、はっきりとそう認めざるを得なかった。


「……今日は最高の日だったな」

想太の言葉に、はるなはうなずいた。

「うん。ずっと忘れないと思う」


昇降口を出ると、夜風が頬を撫でた。

星がちらほら瞬き始め、街の灯りが遠くに揺れている。


「また、明日からも頑張ろうな」

想太が差し出した手に、はるなは一瞬ためらってから、そっと重ねた。


指先から伝わる温もりに、胸が跳ねる。

でも、もうその鼓動を隠そうとは思わなかった。


二人は手を繋いだまま、ゆっくりと校門を後にする。


――恋の余韻は、夜の空気に溶けて、いつまでも消えなかった。

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