#058 「応援席の視線」
リレーが終わった後も、観客席はざわざわと騒がしかった。
「やっぱり特別クラスすごいね」
「想太くん、めちゃ速かった!」
そんな声が飛び交う中、ひときわ多かったのは――
「でも一番大きな声で応援してたの、はるなちゃんじゃない?」
「そうそう! 思いっきり“想太ー!”って叫んでたよね」
耳を赤くしながら、はるなは両手で顔を覆った。
「ち、違うの! あれは……思わず、で……!」
「はいはい、言い訳は聞き飽きたー」
美弥がニヤニヤしながら肩を揺らす。
「ね、いちかも聞いたでしょ?」
「……うん。すごく大きな声だった」
いちかは素直に答え、さらに追い打ちをかける。
「やっぱり二人、いい感じなんじゃない?」
別の女子生徒の囁きに、周囲がどっと笑いに包まれた。
「~~~~っ!」
はるなは言葉にならない声を漏らし、膝の上で拳を握りしめる。
心臓はまだ速く打ち続けていて、隠そうとしても隠しきれない。
一方その頃。
想太は給水所で水を飲みながら、遠目に観客席を見ていた。
そこではるなが真っ赤な顔で俯いているのが見えた。
「……聞こえてたんだな」
小さく呟き、胸の奥が熱くなる。
「おーい、想太!」
隼人が駆け寄り、背中を勢いよく叩いた。
「いい走りだったぞ! 女子たち、みんな大騒ぎだ!」
「そうだな。特に“応援席”がな」
要が皮肉めいた笑みを浮かべる。
想太は思わずむせて咳き込み、「な、なんの話だよ!」と声を荒げた。
「惚れられてんじゃねーの?」
隼人の一言に、想太は顔を真っ赤にした。
再び観客席に視線をやると、はるながこちらをちらりと見た。
視線が交わり、慌てて二人同時に逸らす。
だがその頬の赤さは、ごまかせなかった。
周囲の生徒たちは、にやにやとした笑顔で二人を眺めている。
「ねえねえ、もう隠せなくない?」
「完全に両想いじゃん」
その言葉が、甘酸っぱい空気に拍車をかける。
「……もう、どうしてこんなことに」
はるなは胸の奥で小さく呟いた。
でも同時に、心のどこかで少しだけ嬉しさを感じている自分に気づく。
――応援席の視線は、彼女の心を隠すことなく映し出していた。




