#053 「放課後の祭り囃子」
夕方の校舎は、昼間の喧騒とは違うきらめきに包まれていた。
窓辺や廊下には色とりどりのランタンが吊るされ、薄暗くなった空を背景に柔らかな光を放っている。
どこからともなく、太鼓や笛の音が響いてきて、まるで夏祭りのような雰囲気だった。
「……すごいな」
想太は感嘆の息を漏らした。
昼間のステージでの高揚感もまだ残っている。
けれど今は、その熱気が穏やかに溶けて、胸の奥にじんわりと広がっていた。
「ほんと……お祭りみたい」
はるなも隣で小さく微笑む。
頬を染めた横顔がランタンの光に照らされて、幻想的に見えた。
廊下を抜けると、中庭に屋台のような出店が並んでいた。
射的や輪投げの呼び込みの声に、立ち止まる子供たち。
香ばしい匂いに誘われて行列を作る生徒たち。
その光景を二人で眺めると、不思議と胸が温かくなった。
「……ちょっと回ってみる?」
想太が問いかけると、はるなは一瞬ためらい、けれどすぐに頷いた。
並んだ屋台の間を歩きながら、肩が何度も触れ合う。
そのたびに二人ともぎこちなく笑い、視線を逸らす。
「わっ、綿あめ……すごく大きい」
はるなが目を輝かせて立ち止まる。
想太は苦笑しながら財布を取り出した。
「……一つください」
渡されたふわふわの綿あめを、はるなが両手で抱えるように持つ。
「ありがとう……」
その笑顔があまりにも嬉しそうで、想太の胸が高鳴った。
校舎の上空に、ぱん、と小さな花火が打ち上がる。
視線を上げると、夜の帳に赤や青の光が散っていく。
「きれい……」
はるなは無意識に声を漏らし、綿あめを抱いたまま見上げていた。
その横顔に見惚れ、想太は言葉を失う。
――この時間がずっと続けばいい。
心の奥で、そんな願いが膨らんでいく。
けれど、胸の鼓動がうるさすぎて、言葉に変える勇気はなかった。
二人の間に、甘酸っぱい沈黙が落ちる。
それは決して気まずいものではなく、互いの存在を確かめ合うような静けさだった。
「……そろそろ戻らないとかな」
想太がぽつりと言うと、はるなは少し残念そうに視線を下ろした。
「うん……でも、楽しかった」
その一言に、想太は胸の奥まで救われるような気持ちになった。
二人は並んで歩き出す。
廊下を抜けるたびに、まだ祭り囃子が遠くから響いてくる。
それはきっと、今日の記憶に刻まれる旋律だ。
淡くて、鮮やかで、そして確かな――青春の音色として。




