#050 「二人の買い出し」
昼を過ぎたころ、教室の喧騒はさらに熱を帯びていた。
席は常に満席、出入り口には順番待ちの列までできている。
その活気に押されて、厨房係の机の上はあっという間に空になっていった。
「おい、砂糖がもう底つきそうだぞ!」
要の声が飛ぶ。冷静なはずの彼の表情も、珍しく焦りをにじませていた。
「こっちも小麦粉が残り少ない!」
美弥がバタバタと袋を持ち上げる。
慌てて隼人が覗き込み、「これじゃあ二時間もたないな」と肩をすくめた。
「仕方ない。誰か買い出しに行ってくれ」
要が短く告げると、自然に全員の視線がこちらへ集まった。
「えっ……僕と、はるな?」
「うん、二人なら安心だし、すぐ戻れるだろ」
隼人が悪戯っぽく笑いながら背中を押す。
「ちょ、ちょっと!?」
はるなは顔を真っ赤にしながら抗議するが、押し出されるように廊下へ。
想太も渋々従い、二人は紙袋を手に学校を飛び出した。
――昼下がりの商店街。
学園祭の影響で人通りはいつも以上に多く、通りはまるで祭りの続きのような賑わいを見せていた。
「えっと……砂糖と小麦粉、それから牛乳もだね」
想太はメモを片手に周囲を見渡す。
「……うん。あ、あそこにスーパーがあるみたい」
はるなは少し早足になり、彼の腕を引いた。
狭い通路を抜け、人混みの中をすり抜けていく。
そのたびに肩が触れ、息がかかる。
ほんのささいな接触が、どうしてこんなにも心臓を揺さぶるのだろう。
「ご、ごめん……」
「い、いや、僕こそ」
二人の声が重なり、ぎこちなく笑い合う。
袋を片手に品物を選び、レジへ向かう。
並ぶ列の中でも、周囲の視線が気になって仕方ない。
「特別クラスの子じゃない?」という囁きが耳に届き、はるなはさらにうつむいた。
会計を済ませ、外に出る。
両手いっぱいに袋を抱えた想太が、片方をはるなに差し出した。
「重いだろ。半分持ってくれ」
「う、うん……ありがとう」
歩きながら、自然と手が触れる。
ほんの一瞬のことなのに、火がついたように頬が熱くなる。
――これって。
もしかして。
デート、なの?
胸の奥で言葉が反響し、視界がやけに眩しく感じられた。
隣を歩く想太の横顔が、いつもより近くて。
呼吸の音まで聞こえてしまいそうで。
「……急ごうか。みんな待ってるし」
想太がわずかに早足になる。
はるなは慌ててついて行きながらも、心臓の鼓動が速すぎて足がもつれそうだった。
袋を抱える腕に伝わる体温。
すれ違う人々のざわめき。
そのすべてが夢の中みたいに遠く、そして鮮やかに感じられる。
「ただの買い出しなのに……なんでこんなにドキドキしてるんだろう」
心の中で呟くと、自然に笑みがこぼれた。
想太もまた、ちらりと横目で彼女を見た。
その表情に気づき、同じように小さく息を呑む。
――これは本当に“ただの買い出し”なんだろうか。
互いに答えを出せないまま、二人は学園へと戻っていった。




