#049 「開幕!特別クラスのメイド喫茶」
校舎中に、いつも以上の活気が渦巻いていた。
飾り付けられた廊下には、紙花やポスターが並び、どこからか甘い匂いが漂ってくる。
ざわめきは波のように広がり、笑い声と足音が入り混じっていた。
特別クラスの教室も、この日ばかりは扉が大きく開け放たれていた。
中から漂うのは、焼きたてのお菓子の香りと、ほんのりと緊張を孕んだ空気。
掲げられた看板には、大きく「メイド喫茶」と描かれている。
「いらっしゃいませーっ!」
威勢のいい声を張り上げたのは美弥だった。
そのメイド服姿は、いつもより華やかに見えて、クラスメイトたちの視線を釘づけにする。
その横で、隼人はなぜか妙に堂々と、黒いベストに蝶ネクタイを締めて“執事”役を演じていた。
「……本当にやるんだな、これ」
想太は苦笑しながら、隣に立つはるなの横顔を見つめる。
エプロンのリボンを結び直した彼女は、少しだけ不安げに唇をかんでいた。
「そ、想太……変じゃないかな、私」
小声で尋ねるはるなに、思わず言葉が詰まる。
「いや……すごく似合ってるよ」
昨日、同じことを口にしてしまった時と同じように、胸が熱くなる。
はるなの頬がわずかに紅潮し、視線を逸らした。
その瞬間、廊下の向こうから歓声が上がる。
「開いてる! 特別クラスだ!」
「メイド喫茶って本当だったんだ!」
押し寄せる生徒たちの群れが、次々と教室へ足を踏み入れる。
席はあっという間に埋まり、立ち見まで出るほどの盛況ぶりだった。
「はるなちゃん、注文いいですかー!」
「想太くんと一緒に写真撮れるの!?」
次々と飛んでくる声に、はるなは戸惑い、想太は慌てて応対する。
けれど、二人がぎこちなくも力を合わせて動く姿に、周囲はますます盛り上がっていく。
「……あれ見て、やっぱりお似合いだよね」
「ファンクラブ解散できないわ!」
囁き声が飛び交い、笑いが弾ける。
「お嬢様、こちら紅茶でございます」
隼人は妙に芝居がかった口調で、女子生徒にカップを差し出す。
「きゃああ……!」
受け取った瞬間、女子生徒は顔を真っ赤にして、そのまま椅子にへなへなと崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっと!? 大丈夫!?」
友人たちが慌てて支えるが、彼女は震える声でつぶやく。
「執事キャラ……イケメンすぎて無理……」
その光景に、教室中が大爆笑と歓声に包まれた。
「隼人先輩やばすぎ!」
「これだけでチケット代払える!」
冷やかし混じりの声が飛び交い、ますます盛り上がっていく。
「な、なにそのキャラ!」
美弥が笑いを堪えきれず、隣で肩を揺らす。
要はといえば、会計係に徹していた。
冷静な声で「お釣り三十円」と告げる姿に、「クールすぎる!」と別の女子たちがざわめく。
「やっぱり特別クラスって華あるなぁ」
「ステージより盛り上がってるんじゃない?」
そんな感想まで飛び出してくる。
はるなはトレイを持つ手をぎゅっと強く握りしめ、心臓が跳ねるのを必死に抑えていた。
「だ、誰もそんなこと言ってないのに……」
けれど耳の奥まで赤くなっていることを、想太は見逃さなかった。
「大丈夫だよ、俺も一緒だから」
自然にそう言葉がこぼれた瞬間、はるなの視線が彼に向く。
その真剣な眼差しに、また胸がざわめいた。
「ねえ、次の席ご案内お願いできますか!」
美弥の声に呼ばれ、二人は息を合わせて立ち上がる。
差し出されたメニューを受け取り、笑顔を浮かべる。
……気づけば、もう怖さはなかった。
ざわつきも、冷やかしも、全部が舞台の光のように感じられる。
「いらっしゃいませ!」
二人の声が重なった。
その瞬間、拍手と歓声が小さく巻き起こる。
周囲の生徒たちは、そのハーモニーに、改めて二人の距離を確信したかのようだった。
――こうして、特別クラスのメイド喫茶は、学園祭初日の目玉として幕を開けたのだった。




