#044 「夜の電話」
その夜。
部屋の灯りを落とし、ベッドに寝転んでいた僕の端末が小さく震えた。
《着信:はるな》
「……え?」
思わず身を起こす。
夜に、はるなから電話――。
珍しい。というか、初めてじゃないか?
僕は慌てて応答ボタンを押した。
「も、もしもし?」
『……あ、あの……こんばんは』
少し緊張した声がスピーカーから流れてくる。
「こんばんは。どうしたの?」
『べ、別に……! なんとなくよ!』
語尾がわずかに上ずっている。
僕はくすっと笑いそうになったけど、必死にこらえた。
「なんとなくって……。夜に電話するの、勇気いっただろ?」
『そ、そんなことないわよ! ……少しは、そうかもだけど』
端末越しなのに、彼女が頬を染めているのが目に浮かぶようだった。
沈黙が落ちる。
雨音も虫の声もない、夜の静けさだけが二人を包む。
「……今日は、ありがとう」
僕はふと口にしていた。
『え?』
「相合い傘。一緒にいてくれて、嬉しかった」
一瞬、息を呑む音が聞こえた。
そして――
『……ばか』
小さな声。
でも、耳元で囁かれたみたいに胸に響いた。
「はは……ごめん。でも、本当にそう思ったんだ」
『……っ』
返事の代わりに、短い沈黙。
でも、その沈黙は居心地が悪いものじゃなかった。
『……じゃあ、おやすみ』
はるなの声は、さっきよりもずっと柔らかい。
「うん。おやすみ」
通話が切れたあとも、僕はしばらく端末を見つめ続けていた。
胸の奥が、熱くて、少しくすぐったい。
――これがなんなのか、僕はまだ言葉にできなかった。




