#042 「雨の日の傘」
放課後。
昇降口を出た瞬間、空から大粒の雨が降ってきた。
「うわっ……!」
僕は慌てて鞄から傘を取り出す。
隣では、はるなが呆然と空を見上げていた。
「……忘れちゃった」
「え?」
「傘。……今日、持ってくるの忘れたの」
はるなの声は小さく、どこか気まずそうだった。
僕は一瞬だけ迷って――すぐに言った。
「じゃあ、一緒に入っていこう」
ぱっと顔を上げたはるなの表情。
頬がうっすら赤く染まっている。
「い、いいの?」
「当たり前だろ。濡れたら風邪ひくし」
僕は自然に傘を差し出した。
はるなは一拍遅れて、その中へ入ってくる。
――近い。
思わず心臓が跳ねた。
「……っ」
はるなは息を呑み、目を逸らした。
肩と肩が触れる。
傘の下、二人の距離はいつもよりずっと近かった。
「ちょ、ちょっと狭くない?」
はるなが小声で言う。
「仕方ないだろ。一本なんだから」
僕は平然を装って答える。
けれど、彼女の耳が真っ赤なのを、僕は見逃さなかった。
「……雨に濡れた方が、まだマシかも」
はるなはぽつりと呟いた。
「え? なんで?」
僕が首をかしげると、彼女はさらに顔を真っ赤にして俯いた。
「な、なんでもないっ!」
雨音が激しく傘を叩き、二人の沈黙を埋める。
やがて少しずつ小降りになっていく。
それでも二人は傘を分け合ったまま、足並みを揃えて歩き続けた。
言葉にできない何かが、胸の奥で熱く膨らんでいく。
それが何なのか、僕はまだはっきりとわかっていなかった。
――いや、わかっていなかったふりをしてたのかもしれない。




