#038 「図書館で二人きり」
放課後の図書館は、ひっそりと静まり返っていた。
窓から差し込む西日が、本棚の影を長く伸ばしている。
僕は机にノートを広げ、シャーペンを走らせていた。
今日こそは復習を片づけようと思ったのだ。
ページをめくる音、シャーペンの走る音。
その規則正しいリズムに集中しかけた――そのとき。
「……あれ? 想太?」
顔を上げると、そこにははるなが立っていた。
「は、はるな!? なんでここに?」
思わず声が大きくなる。
「しっ。静かに」
彼女は口元に指を当て、苦笑した。
「……勉強しに来たの。ここなら落ち着けるから」
そう言って、僕の正面に腰を下ろす。
心臓が一瞬で早鐘を打った。
なんでわざわざここに座るんだよ……!
「なに? そんなに驚いた顔して」
はるなが首をかしげる。
「いや、別に……」
僕は視線を逸らし、ノートに目を戻した。
でも、集中できるはずがない。
視界の端には、はるなの横顔。
静かな空間に、彼女の筆記音だけが響く。
……気になる。
僕はそっと視線を動かした。
「ふふっ」
はるなが急に笑う。
「な、なに?」
慌てて顔を上げると、彼女は僕のノートを覗き込んでいた。
「字、きれいだね」
そう言って、さらに身を乗り出す。
一瞬で、顔の距離が縮まった。
息がかかりそうなほど近い。
「ち、近いって……!」
思わず後ろにのけぞる。
その瞬間――
「静かに」
カウンターから司書の声が飛んできた。
「ひゃっ……!」
はるなが慌てて姿勢を戻す。
僕も背筋を正したが、心臓の鼓動は収まらない。
沈黙。
数秒だけの沈黙が、やけに長く感じられる。
「……ごめん。邪魔しちゃった?」
はるなが小さく呟く。
「いや……別に。むしろ、ありがたい」
僕は照れ隠しに視線を落とした。
再びシャーペンを走らせる。
でも、隣から伝わる気配が、どうしても気になって仕方なかった。




