#036 「廊下での接触」
昼休みの廊下は、人の波でごった返していた。
購買へ向かう生徒、教室に戻る生徒、友達と立ち話をする生徒――。
その中を、僕は弁当を抱えて急ぎ足で歩いていた。
「おい、想太、走るなって」
隼人の声が背中から飛んでくる。
「走ってない! ……つもり!」
そう言いながら、僕は廊下の角で足を滑らせた。
「うわっ――!」
バランスを崩して前のめりに倒れそうになる。
その瞬間。
「気をつけて!」
はるなの手が、僕の腕をがっちりと掴んだ。
――がしっ。
転ぶ寸前の僕の体を支えるように、彼女の細い手が力を込める。
「だ、大丈夫……?」
顔を覗き込むはるなの瞳は、驚きと心配で揺れていた。
「いや僕なんもしてないから! 本当に!」
慌てて立て直す僕の周囲で――
「キャーーー!」
「見た!? 今の!」
「腕、掴んでた! 完全にカップルでしょ!」
……おい、やめろ。
廊下のあちこちから歓声が上がり、僕は耳まで真っ赤になった。
「ち、違う! ほんとに偶然だって!」
必死に否定する僕をよそに、周囲は勝手に盛り上がっていく。
「尊い……」
「やっぱり“想太×はるな”しか勝たん!」
「相性補正120%だな!」
誰だよ、そんな計算したやつ。
僕は頭を抱えた。
「……ご、ごめんね。つい手が出ちゃって」
はるなが小声で言う。
その頬はほんのり赤い。
「いや、助かったよ。ありがとう」
素直にそう言うと、はるなはさらに赤面して視線を逸らした。
――なんだ、この雰囲気。
僕の心臓が、普段より速く打っている気がする。
「おーい、通れないんだけどー!」
後ろから誰かが叫んだ。
気づけば廊下は人だかりで塞がれていた。
僕とはるなの姿を見て立ち止まった生徒たちが、スマホを構えかけている。
「やめろ撮るなーっ!」
僕が叫ぶと同時に、SPが慌てて人垣をさばき始めた。
そのドタバタを見ながら、隼人がため息をついた。
「……ほんと、平和からは程遠いな」
「統計的に、こういう接触はさらなる騒動を招く」
要が冷静に分析する。
「ま、でも……悪くないわよね」
美弥が小さく笑った。笑みの奥には、ほんの少し複雑な色が混じっている。
「えっ?」
僕が聞き返すと、彼女はふっと息を飲んで視線を逸らした。
その横顔は誰にも気づかれないように、はるなの方へ向いていた。
はるなは黙ったまま、まだ僕の腕を離そうとしなかった。
――心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
僕は自分の鼓動を誤魔化すように、大きく息を吐いた。




