#035 「教室のざわめき」
朝のホームルーム前。教室はいつもよりざわついていた。
ざわめきの理由は――言うまでもない。僕と、はるなが並んで席に座っていることだ。
「……いいなぁ。はるな様の隣なんて」
前の席の女子が小声でつぶやく。
「ずるいよね。毎日、隣に座れるなんて」
「交代制にすればいいのに!」
……いや、交代制って何だよ。
僕は思わず机に額をつけたくなる。
はるなはといえば、表情こそ取り繕っていたけど、耳まで赤いのが見えている。
「……べ、別に気にしてないけど!」
机の上で手をぎゅっと握りしめる仕草に、クラスの女子たちがざわっと反応する。
「やっぱり意識してるんだ!」
「ほら見ろよ、想太くん!」
やめろ、やめてくれ……!
僕は視線を泳がせて、窓の外を見た。
「落ち着けよ、想太」
隼人が後ろから小声で言う。
「逆に騒ぎがデカくなるぞ」
「そ、そう言われても……!」
僕は頭を抱えた。
「統計的に、このまま騒ぎは拡大傾向」
要が真顔でノートをめくる。
「やめてくれ、その分析……!」
僕は机に突っ伏した。
美弥は呆れたようにため息をつきながらも、唇の端を少しだけ上げる。
「まあ、悪くはないわよ。少なくとも、前みたいな大戦争にはならなそうだし」
「でも……でも……!」
はるなは立ち上がりかけて、言葉を詰まらせる。
そのとき――
「きゃーっ! 見て見て、今、目が合った!」
ファンクラブの誰かが叫んだ。
教室が一斉に沸く。
まるでアイドルでも眺めているみたいな視線に、僕は心底げんなりした。
「……僕、普通に生きてるだけなんだけどな」
小さく漏らした言葉は、誰にも届かない。
代わりに、はるなの横顔が目に映った。
真っ赤な頬を隠すように、彼女は視線を下げている。
――なんだよ、それ。
僕の胸の奥で、何かが不意に高鳴った。
「おーい、席につけー!」
担任の声が教室を切り裂いた。
一瞬で生徒たちが静まり返る。
けれど、その沈黙はむしろ期待に満ちているように思えた。
僕は大きく息を吐いた。
二学期は始まったばかり。
けど――このざわめきが消える日は、まだまだ先になりそうだ。




