#001 「進級、特別教室へ帰還」
二年に進級した春。俺たちはまた、あの“特別教室”に集められていた。
新しい教科書のにおい、まだ硬いページ、きれいすぎるノート。
それらが机の上に並んでいるのに、教室の空気はすでに落ち着きとはほど遠い。
廊下から覗き込む生徒。わざと大声で通り過ぎる上級生。
ざわつく声が壁を通り抜けて響いてくる。
まるで「お披露目会」の延長戦だ。
「なぁ……進級したのはいいけど、授業についていけてるか?」
想太がため息まじりに口を開いた。
「うぅん……夜にともりに補習してもらってるけど、まだ全然公式が覚えきれないよ」
はるなが情けない顔で笑う。
「補習があるだけ恵まれてるかもしれないわね……」
美弥はノートを広げながら、さらりと釘を刺す。
「でも必死だよな。俺ら、久遠野での経験は積んだけど、それをテストで点数に換算できるわけじゃないし」
隼人は後頭部をかきながらぼやく。
「効率が悪すぎるな」
要は冷静な調子で断言する。
「えっ? 今日の宿題ってもう出すの? え、やばっ、どこ置いたっけ!?」
いちかが慌てて鞄をひっくり返し始める。
──進級しても、この調子である。
机の上には真っ白なノートが並び、ため息と苦笑が重なった。
それでもページの端には、昨夜ともりが表示した“補習メモ”が挟まっている。
AIに支えられ、どうにか人並みに追いつこうと必死なのだ。
「……にしても、なんか視線多くないか?」
想太が窓際をちらりと見る。
「そりゃあ、仕方ないでしょ。去年のあれだけの騒ぎを起こしたんだから」
美弥が肩をすくめる。
「『はるな様が……』『美弥先輩が……』『いちかちゃん……!』」
廊下の向こうから聞こえる小声。
ファンクラブの囁きは、すでに現実のものとなっていた。
「やっぱり、始まってるな」
隼人が苦笑し、
「分析するまでもない。派閥形成の初期段階だ」
要が小声で分析する。
「え、派閥ってなに? なんか戦うの?」
いちかが無邪気に首をかしげ、
「いや、戦うのはたぶん“ファン同士”だよ……」
想太がため息をついた。
「どっちにしても落ち着かないわね」
美弥がそう呟いたとき、教室の後ろから再びざわめきが広がった。
顔を出す生徒、立ち止まる生徒、そして明らかにノートを構える影。
どうやら“ファンクラブの種”は、すでに芽吹いているらしい。
俺たちは顔を見合わせ、同時に肩を落とした。
「……二年目も、結局こうなるのか」
春の始まり、そして二年目の学園生活。
騒がしく幕を開けた“特別教室の日々”は、すでに笑いとため息に包まれていた。




