6.メランコリー
サッサッサッサッ___
「はあぁ〜……。」
朝を通り過ぎ、真上からの太陽の光が差し込むベッドの上で、怠そうに起き上がったコレットは大きなため息をつく。
「おはよう。やっと起きたか。」
「…………はぁ〜。」
「どうしたんだ?ため息なんてついて。」
ほうきを動かし部屋を掃除していたミロがコレットの方へ顔を寄せる。
「…………はぁ〜…。」
「コレット?」
「はあぁ〜…。」
「おい!どうした?おーーーい!」
「ミロ!なんなの?朝からうるさいわね〜」
「な!コレットがさっきからため息ばっかだからどうしたんだと聞いてるんだろ?うるさいとは何だ!ちなみにもう昼だぞ…。」
「はぁ?ため息なんてついてないわよ。…はぁ〜。」
「ほら今ついた。」
「…う、うるさいわね!何でもないわよ。水を汲みに行ってくるわ。」
「ならこれ待ってけ。」
とミロは彼女の元へ作っておいたサンドイッチを渡す。
「野菜は入ってないでしょうね?」
「たっぷり入れてある。」
「………最悪。」
「ちゃんと残さず食べろよ〜。」
「はあぁ〜…。」
バタン___
「はぁ〜…。」
森の爽やかな空気を吸っても彼女の気分はスッキリとはしない…。
ちゃぷん___
小川にたどり着くとバケツに水を入れるわけでもなく、さらさらと流れる冷たい水に片手を入れ、水面で揺れる自分の顔と雲ひとつない青空をぼーっと眺める。
「はあぁ〜…。」
(あぁ…。今日は空が綺麗ね。青くてとても…綺麗だわ。まるで彼の瞳のように…。)
すると、スッと水面にあの青い瞳をした男性の顔が並ぶ。
(そう…。彼の瞳はこんな綺麗な青をしていたわね…。)
コレットはあの夜からなぜかふと青い瞳の彼が浮かび、頭から離れなくなっていた。
「やあ!やっと会えた…。」
水面に並ぶ青い瞳の彼がにこっと笑う。
(あぁそうそう…。彼はこんな軽い話し方だったわね。あぁ仮面を外した笑顔も素敵だわ。)
「ん?聞こえてるかい?ショコラのお嬢さん?」
「えっ………え!?なんでここに貴方がいるの?」
コレットは水面から視線を上げ横を見ると、あの男性であろう青い瞳をした人が隣に座っていた。
「君が言ったんだろ?オンドリが導いてくれるって…。」
彼はニコッと笑いながら黒いカードをコレットに見せる。
「え…いやでも…。」
(なんで…?なんで彼はあの夜のこと覚えているの?確かに私との記憶を消す魔法の香りを放ったはずなのに…。)
「あの夜も素敵だったが、仮面がない方がさらに魅力的だね。」
「え…あ、いや…じゃなくて!なんで覚えているの!?確かに魔法で…ッ!」
コレットは急いで自分の口を押さえる。
「やっぱり魔法を使ってたんだね。君は魔女なの?」
「だっ…だったらなんだっていうの?私を突き出して火炙りにでもするつもり?そんなの…。」
「まさか、そんなことするわけないだろ?俺は君に会いたかっただけさ。」
「な…な、なにを言ってるの?私は魔女よ?」
「あぁ、それはそれは素敵な…ね?」
「な、な、な…。」
コレットは言葉に詰まり、顔はみるみるうちに赤く染まっていく。
「はは。本当に可愛い人だ…。」
「な!…あ、いや…。そ、そうよ!私言ったでしょ?ね、猫をお探しなら、私以外にしてちょうだい?」
「猫?俺はそんなものに興味はないさ…。ただ、君の綺麗な瞳が忘れられなくて…。」
「な、何を言っているの?そもそも貴方は…。」
(その瞳と同じ装いを仕立ててくれるようなお相手がいるんでしょ?)
「…………ん?」
改めて今日の彼の装いを見てみると、古く薄汚れたシャツに麻でできたズボンを履いてとても貴族とは思えない。まるでそこら辺にいる庶民のよう。
「貴方…貴族なの?庶民なの?…一体どっち?」
「ん〜。さぁ、どっちかな?」
「ふざけないで…。庶民があんな素敵な服を着られるはずがないわ…。」
「ほう、あの夜の俺を素敵だと思ってくれていたのかい?」
「あ…なっ!ち、違うわ!服のことを言ってるの!決して貴方のことなんて…。」
「はは。そんな必死にならなくても…。けどそんな君も可愛くて素敵だね。」
「なっ!………はぁ〜もう…貴方と話してると疲れるわ…。」
「ため息をつく姿も素敵だなんて…。」
「もうだからそれやめてって!私はお相手がいる方と遊ぶつもりはないの。」
話せば話すほどよくわからないのに彼の仕草や甘い言葉にいちいち胸がうるさくなり、コレットは早く彼から離れたいと空のバケツを手に取り立ち上がる。
「お相手?俺にそんな人はいないさ…。そして君と遊ぶつもりもない。」
「…あっそ。なら二度と私の目の前に現れないで?ごきげんよう。」
(ほらやっぱり調子のいい人。もうこれ以上振り回されるのはごめんだわ…。)
とコレットは背を向けて歩き出す。
パシ___
「っ!……。」
「待って…。」
「………今すぐ手を離して。」
「それは無理だ。やっと君に会えたのに。」
「だからそういうのはやめ…ッ!」
掴まれた手首から伝わる熱がまた胸を締め付け、そんなことに自身が動かされることがまた嫌で、コレットはその手を振り解こうと振り向きながら強く言い放ったのに…。
グイッ___
「なんでそんなに怒るんだい?」
「ッ!………。」
彼はあの夜のようにコレットの腰に腕を回し、体を引き寄せ熱く青い瞳で見つめてくる。
「だ、だって…貴方がよくわからない…。貴方は何者なの?私は魔女よ…。怖くはないの?」
コレットはずっと頭から離れなかったあの瞳に至近距離で見つめられ、ぞわぞわと何か訳のわからないものが体の芯から飛び出そうと目の奥を刺激するのをじっと耐える。
「俺が…何者かって?」
と言いながら彼はじっとコレットを見つめ黙ってしまう。
「…貴方は何者なの…?」
「あぁ、すまない。か弱く揺れる君の瞳が綺麗過ぎて見惚れてしまった…。」
「ッ!もういいわ…。早く離して…。」
また甘く笑う彼になぜか苛立ち、力の入らない腕で彼の胸を押すがそれはびくともしない。
「俺は貴族さ…。ただ周りからは変わり者と言われていてね?遊ぶより街に出て働き、体を動かす方が好きなのさ。」
「…それは変わってるわね。」
「だろ?あの夜の服装は母上が用意したものだ。母上は着飾るのが好きでね。俺はまったく興味ないが…。」
「興味がないのはよくわかるわ。」
「はは…。どうだい?これで君の憂いも晴れたかい?」
「………いいえ。貴方と居ない方がまだ気分がいいわ。」
「うわっ!」
コレットは苛立つほど魅力的な彼の笑みに向けバケツで水をかけ、その隙に彼から一瞬で遠ざかる。
「もう二度と私の前に現れないで…。」
「どうして…?待って!」
コレットは自分で操ることの出来ない胸の高鳴りに戸惑い、それから逃げるように彼の前から姿を消した。
バタン___
「おかえり、遅かったな。っておい、水はどうしたんだ?」
「…………。」
「…コレット?」
「………はぁ〜。」
「コレット〜?」
「うるさい…。」
「んん!?おい…行く前より機嫌悪くなってるじゃないか。ったく、なんだよ…。」
コレットはミロに布を被せ。
「はあぁ〜…。」
また憂いを帯びた大きなため息をついた。




