5.コック マジーク
「あぁ、なんて素敵なお話なのかしら…。」
庶民が寝静まる夜遅く、暗闇の中光る劇場から出てきたのは興奮冷めやらぬ様子の若い貴婦人。
「…楽しんでいただけたならよかった。」
そしてその後を眠そうにしながらゆったりと追いかける若い紳士。
「ではこの後は…。」
「とても素敵な時間でしたわ。是非また誘ってくださいまし。」
くるっと後ろを振り返ると紳士に微笑み馬車にひとり乗り込んだ。
「え…あ、はい是非また…。」
「お手紙書きますわね。では、ごきげんよう。」
「あぁ、お気をつけて…。」
と紳士は笑顔で女性を見送った。
「はあぁ〜なんだよ。ここまで来て帰るってあるか?普通…。」
が、すぐに頬を下げ、大きなため息と共に愚痴をこぼす。
「今日はいけると思ったのになぁ〜。クソッ…ん?」
下がった目線の先に胸元できらりと光る何かを見つけた。
「ん?なんだこのカード…。」
男性の手には見覚えのない真っ黒いカードが一枚。
「ん?……オンドリ?」
裏返すとそこには金色の鶏のイラストが書かれていた。
「………え!?なんだこれ、動いたぞ!」
その鶏はゆっくりと頭を前後に揺らしながらカードの中を歩き出し、カードの隅で止まった。
「なんだよこれ…。」
とカードを持ち上げるとまた鶏は動き出す。
それはまるでコンパスのようで、動かすとある方向に向け鶏は移動する。
「この先に何かあるのか?」
と男性は導かれるようにそのオンドリが指す方へと歩き出した。
「お?ここはどこだ?」
気づけば辺りは濃霧に包まれ、鶏に夢中になっていた男性は自分が今どこに立ったいるのかもわからない。
「ん…?」
そんな中ぼやっと光る灯りを見つけ、それを頼りに前へと進んでいく。
そしてたどり着いたのは木造の建物。
キイ…キイ…___
と見上げた先にある、風に揺れる看板には『コック マジーク』の文字が金色に輝き浮かび上がっていた。
「コック マジーク?なんだそれ…。」
ガチャ___
「…入っていいのか?」
勝手に目の前の扉が開き、隙間からは灯りが漏れる。
ギィー…___
と扉を開け中へ入ると…。
「え、階段?」
中にはまたさらに下へと曲がる螺旋の石段が続いていた。
カツカツカツカツ…___
どこまでも続く先の見えない階段に不安は膨らみ、戻ろうかと何度も思うが、足はもう止まらない。
そしてやっと着いた先には木製の扉があり、金色の雄鶏の頭が輪っかを咥えた、ドアノッカーが付いていた。
カンカン___
「っわぁ!…びっくりした〜。」
ドアノッカーがひとりでに動き出し、ノックする音が薄暗い空間に響く。
ギィー…___
それ合図に扉は開き…。
「いらっしゃいませ。ようこそコックマジークへ。」
中には黒いローブを深く被った人が両手を広げ立っており、不気味な笑みを浮かべた口元だけが見える。
そしてその後ろには赤や青、紫などいろいろな色をした小瓶がズラリと棚に並んでいた。
「な、なんだここ…。」
「ここはオンドリに導かれた方しかたどり着けない、特別なお店となっています。」
「あぁ、あの金色の鶏か。」
「さあ、こちらへどうぞ。」
と導かれ、すでに置かれた湯気の立つカップの前に座る。
「これはただのコーヒーですのでご安心してお飲みください。では、今宵はどのような物をご所望ですか?」
「…いや、ここは何の店なんだ?」
目の前のコーヒーに手を伸ばすがゴクリと縮こまったノドが鳴り、とてもじゃないが飲み込めそうもなく、すぐにその手を戻す。
「ここは望みが叶う…かもしれない、魔法を集めた魔女の店でございます。」
「はぁ!?ま、魔女だと?俺は帰るぞ!」
それを聞きコーヒーを飲まなくて良かったと思いながら席を立とうとテーブルに微かに震える手を着く。
「あらあら、それは残念ですね。せっかく"欲しいものがなんでも手に入る"チャンスなのに…。一度断るともう2度とここにはたどり着けませんよ?」
「欲しいものが、なんでも…?」
「えぇ、何を望むかによりますが、貴方様の(ちっぽけな)願い(くらい)ならきっと叶うでしょう。」
「ど、どんなものがあるんだ?まずはそれを見てから考えよう。」
と浮いた腰を戻し、男は目線を外しながら偉そうに腕を組む。
「………ではご紹介いたしましょう。」
と魔女は手のひらを棚へと向ける。
「こちらにある色とりどりの小瓶は"魔法の小瓶"です。飲み物に入れるなど直接摂取する物もあれば、その香りを嗅ぐだけで効果がある物もあります。」
「うおっ!…。」
ふわっと真っ赤な小瓶が浮かび上がり、魔女の広げていた手の上にたどり着く。
「こちらは"惚れ薬"、そしてこれは"媚薬"です。」
ピンクや紫と次々に小瓶が男の前に並び始める。
「惚れ薬に…媚薬……。」
「ええ。どれもとっても魅力的なものでしょう?ただ…。」
「ただなんだ?」
「どれも使った相手に少しでもその気がないと効果はありません…。なのでまぁ、気があるかどうかの判断にもなるでしょう。そして…。」
「まだ何かあるのか!」
男はたまらず手を伸ばすが小瓶はそれをふわりとかわす。
「今宵選べる魔法は一つだけ。どれを選ぶかよくお考えください…。ちなみにどれも使用は一度きりです。」
「一つだけか…。」
「コーヒーでも飲みながら、ごゆっくりとお考えください。女性から人気の魔法もお教えしましょうか?これは瞳の輝きが3倍になる魔法、一晩だけですが理想とする体型になれる物なんかもありますね。」
「…………よし!惚れ薬にしよう。」
「…かしこまりました。こちら1瓶で500万ポルドールです。」
「なっ!?500万ポルドールだと!?この1瓶でか!?」
「"魔法の"惚れ薬ですので…。」
「うっ………わ、わかった!払おう!」
「お買い上げありがとうございます。こちらは私からのささやかなプレゼントです。」
男の頭上からふわふわと降りてきたのは、金で縁取られた黄色くキラキラと輝く石がはめられた小さなブローチ。
「これを服の内側心臓に近い場所にお付けください。黄色い石が赤く染まった時、きっと貴方の理想とする人と出会えるでしょう。まあ、何を理想とするかにもよりますが…。"真実の愛"なんてものを願うなら、なかなか赤くはならないかもしれませんね。」
「はっ!…真実の愛?貴族である俺にそんなものはいらない。そうだな、可愛くて言うことをよく聞く猫と出会えれば十分だ。」
「………そうですか。ではこちらを。効果は一度きり、一晩だけですのでご利用の際はお気をつけください。」
「おぉ…これが惚れ薬か…。」
「またのお越しをお待ちしております…。」
男は手に入れた小瓶をまじまじと見つめ、いつ使おうかと鼻の下を伸ばす。
「ん…?ここは………劇場?おい!こんな時間にここからどうやって帰るんだ!馬車はどこだ!?誰かいないのか!?」
「…ふふ。素敵な出会いがありますように…。」
真っ暗闇の中ひとり叫ぶ若い紳士の後ろで、魔女はニヤリと笑うとあっという間に消えて行った…。




