16.
カランカラン___
「さっ…今日も忙しくなるわね」
コレットはカフェに入り、開店準備をするためせかせかとひとり動き回っていた。
「今日は1階の予約は…なしね」
ガチャ___
そう確認をしながら1階の扉を開けると…
「"コレット嬢"…ごきげんよう」
そこにはこの国ではあまり見ない真っ黒で艶やかな髪を垂らし、横への膨らみがない落ち着いたドレスに身を包むエレーヌが、席に座り微笑みながらコレットを見つめていた。
「エレーヌ様、こんなところへようこそいらっしゃいました…と言いたいところですが、表の札をご覧になったかしら?まだopenにはなってなかったはずですけど…」
「あら、気づかなかったわ…」
気配もなく佇む彼女にコレットは笑顔を崩さずそう声をかけるが、彼女に焦りは全く見られない。
「コレット…どういうつもり?アナタ"魔女"でしょ?」
「………」
急に投げられたその言葉に、コレットの眉だけが微かに反応する。
「エレーヌ様…この前は素晴らしいお茶会をありがとうございました」
「ええそうね。アドリーヌ様も"大変気に入った"ようですし、私もとても楽しかったわ。アナタは常に真っ直ぐで清々しいわ」
「あら、それは何よりですわ」
二人は美しい笑顔を崩さず話し続ける。
「アナタ、アドリーヌ様に擦り寄って一体何のつもり?でも残念だけど無駄よ?」
「別に他意はございませんわ。ただあの素敵なお庭で偶然お会いして、アドリーヌ様と楽しくお話ししていただけですわ」
「あのお方が誰だかわかっているの?この国の"王妃様"よ?」
「………」
アドリーヌ ___
コレットはあの時、この名前を聞いて初めてそのことに気づいた。
派手好きでいつも貴婦人たちの最先端をいく王妃様がまさかあんな所であんな格好をしているとは思わなかったのだ。
しかしコレットは、自身を鼻にかけることなく無邪気で魅力的な笑顔を見せる彼女に、純粋に興味を持ったのだった。
「エレーヌ様こそ、王妃様のご友人になられてどうされるおつもりですか?………魔女なのに」
「………」
コレットを魔女だとわかるのは、彼女自身が魔女で、魔法の痕跡がわかるから。
コレットもあの時は気づかなかったが、魔法を使ってここまで来たのであろう彼女には、微かにその痕跡が残っていた。
「私は…ただ、アドリーヌ様のお力になりたいだけよ。」
「魔女として?それで一体どんな利が生まれるの?」
「違うわ!純粋に友人としてよ!あのお方には…この国の王族には魔法が効かないの」
「魔法が効かない?…どうして?」
"魔法が効かない" それを聞いて真っ先にコレットの頭に浮かんできたのは彼のことだった。
まさか………ね?
彼女が言うには、昔この国の王に恋した魔女が信頼の証として魔法を無効化する魔法具をいくつか送ったらしい。
「ならこの国の王族には魔女の血が流れているってこと?」
「いいえ違うわ…その魔女は、自身が愛した王によって…殺されたそうよ」
「そんな………」
「まあ本当かどうかはわからないけどね。でも王宮のごく一部では、この国が今危ういのもその魔女の呪いだとか言われてるみたいよ。そんなのあるわけないのに…というかもしそうだとしても、自業自得よね」
エレーヌは悲しげに鼻で笑った。
愛した王に殺された魔女…
「ッ………」
煌びやかな装いのフレッドに、鋭い鋒を喉元へ突きつけられる情景に、コレットは指先を息の詰まる首筋へと伸ばした。
「私はただ、アドリーヌ様の純粋さに惹かれただけよ。アドリーヌ様の力になってあげたいの…」
魔女は性質なのか何なのかはわからないが、"純粋な心"に惹かれることがしばしある。その純粋さが向けられる先が美であったり、悪であったりは関係ない。
「わかるわ…だって私もそうだもの」
そう呟くコレットの頭に浮かんだのはアドリーヌなのか、フレッドなのか…
「やっぱりそうよね!アドリーヌ様は美しくて見惚れてしまうくらい純粋なのよ…だから、私はこの国を何とかしてあげたいの。このままではダメよ…」
「そうね…でもこの国はもう無理ではないかしら?もそもそ、王妃様が散財しているって噂ばかりよ?」
「違うわ!王妃様自身が広告塔になることでこの国の服飾産業はここまで豊かになったのよ?まあ…ただアドリーヌ様が着飾るのがお好きっていうのもあるけどね…」
とため息混じりに肩を下げながら柔らかく笑うエレーヌはまるで聖母のようで、部屋は暖かな陽だまりに一瞬にして包まれた。
「それもわかるけど、他にもやるべきことはたくさんあるわ…小麦の不作のことだって…」
「なにそれ?そんなこと知らないわ…」
いつのまにか流れる穏やかな空気の中、コレットは改めてこの国の問題を見直さないと、と気づけばいつもの2階のような討論が、可愛らしく輝く部屋で始まった。
「…っとそろそろお店の準備もしなくちゃ!」
と立ち上がったコレットに続きエレーヌも立ち上がる。
「ちょっと立ち寄ったつもりだったのに長くなってしまってごめんなさいね。また王宮でお会いしましょう」
「ええ…ぜひ。もしよかったらアナタも一度2階の様子をお聞きになってみたら?」
「それはいいわね。是非お願いするわ」
まるで友人のように笑い合う彼女たちは、ふわりと優雅にスカートを揺らし扉へと向かう。
「ではまた…」
とコレットが扉を開けた瞬間…
ガチャ___
「コレットここにいたのか…おっと失礼!」
「ッ!…」
開けた扉から入ってきたのに驚きエレーヌがバランスを崩すと、ベルナールが逞しい腕で軽々とその身体を受け止める。
「すまない。怪我はないかい?」
「え………ええ、だ、大丈夫よ」
「ここでちょっと彼女とお話ししていたの。これから準備するわね。あ、彼女はエレーヌ様よ。彼はこのお店の用心棒のベルナール」
サッと彼から離れ髪やスカートを勢いよく整えるエレーヌにコレットは簡単に紹介をする。
「エ、エレーヌよ…」
「ベルナールだ」
もたつきながらも御令嬢のように差し出すエレーヌの手を、ベルナールはガシッと掴みブンブンと握手をする。
「え?あ、あぁ…も、もういいわ!」
「………」
「な、なに?」
ベルナールがまじまじと彼女を見つめ、エレーヌの頬はほんのりと赤みを増していく。
「いや、髪がとても綺麗だなと思って…」
「ッ!そ、そんなジロジロ見ないでちょうだい!」
「あ…すまない。あまりにも綺麗で…」
「ッ!?わ、私もう帰りますわ!ではコレットまた連絡するわね」
「ふっ…ええ。お待ちしておりますわ」
と逃げるように出ていくエレーヌの背中に、コレットはにっこりと笑顔を向け手を振った。
「あ!ちょ!…俺、失礼なことしちまったか?お忍びの御令嬢なんじゃないのか?大丈夫か?」
と焦るベルナールにもコレットはそのままニヤニヤと笑顔を向ける。
「私の友人だから大丈夫よ。でもベルナール…ああやって女性から手を差し出された時は触れないように手の甲にキスをするものよ?」
「えぇ?なんだそれ…」
「ふふっ…今度はやってみて。まあ…次はないかもしれないけど…」
目を見開いて大きな身体を揺らすベルナールにコレットは吐き出しながら、頬を赤らめ焦るエレーヌを思い出すのだった。




