15.迷
「ん?…あら、迷っちゃったかしら…」
コレットはふわりと広がるシフォンのドレスを揺らし、同じような木々が立ち並ぶ広い広い庭園でひとり迷子になっていた。
日に日に荒れる2階の様子やそれに自ら入っていくフレッドのことが心配で、コレットはこの日、豪華絢爛な王宮に御令嬢のフリをして忍び込んでいたのだ。
「………はぁ〜やっぱり来るんじゃなかったわ」
この崩壊寸前の国の王というのは一体どんな人物なのか、贅沢三昧と言われている暮らしとはどのようなものなのか、コレットは気になってしまったのだ。
煌びやかで威圧的でもある大きな王宮には、毎日何千人何万人という人が訪れる。それはこの王宮をまわす使用人や商人なんかも含まれるが、多くは王や王妃に気に入られようと鼻息を荒くした野心家な貴族達である。
コレットは、履き替えようとしている靴を差し出すため奪い合い王の足元に群がるその姿と、その中心でさも当たり前のように白い歯を見せる王の様子にため息しか出てこなかった。
王とはどこもこんなものなのだろうが、これだけ国が傾いているにもかかわらずまだこんなことをしているのか…と。
まるで異世界かと思うような店との違いに、コレットはいつまでもそれを見ていることはできなかった。
そして一刻も早く外の新鮮な空気を吸いたいと飛び出したのだが…
「完全に迷子ね。空を飛べればなんてことはないのだけれど…」
そこは出口ではなく王宮の庭へと続いていた。
さすがにこんなところで堂々と魔法を使うわけにはいかないコレットはとりあえず歩き進めた。王宮と同じく色鮮やかなの花がひしめき合って主張する庭を避け、静かな落ち着いた雰囲気のする方へと自然と足は向かって行った。
本当にもうここに嫌気がさしているのだろう。
どんどんと人気もなくなり、このまま進めば出られるだろうと思っていると…
「ん?」
木々を抜けた先に、小さな小さなガーデンハウスを見つけた。
コレットは質素だが可愛らしい感じのその建物にほっと息を吐き、心惹かれるままそこへと近づいた。
「すみません、どなたかいらっしゃる?道に迷ってしまって…」
ハウスの裏にある小さな庭に人の気配を感じ、そう声をかけながら覗き込む。
「……………」
そこにはたくさんの野花が慎ましく咲いており、その中で女性がひとり、優雅に水をあげていた。
その出で立ちは町娘の様で、コレットはやっと王宮を抜けたのかとさらに安堵し再度声をかけた。
「あの…すみません。街への道を教えていただけるかしら?」
「ん?あら可愛らしいお嬢さん…迷子かしら?」
「ええ…王宮から出ようとしたら間違えて庭に出てしまって…」
その女性は遠目からでは同世代に見えたが、近づいてみると年は少し上の様で、コレットの口元は無意識に動きを止めた。
それは彼女の美しい容姿のせいか、着古したドレスと相反する綺麗に手入れが行き届いた肌や髪の毛の微かな違和感のせいか…。
「ここら辺はどこを見ても同じ様だものね…」
ふっと微笑むその女性はまるで心落ち着く陽だまりのようで、コレットもつられて力を抜きながら頬を上げる。
「でも王宮のあのゴテゴテした庭よりも、私はこちらのお庭の方が素敵だと思いますわ」
「あら、それは嬉しいわね。陛下がお聞きになったら大変だけれど…」
と今度はまるでイタズラをした少女のように跳ねる笑顔を見せる。
「あら私、貴方のお名前をお聞きしたかしら?」
「………申し遅れましたわ。私、コレットと申します」
かと思うとヒュッと冷たい風が通ったかのように変わる緊張感に、コレットはゆっくりと背筋を伸ばし深く腰を落としながら堂々と端的に名を告げる。
ドレスでは誤魔化せない彼女が醸す高度な品格に、コレットはひどく興味をそそられた。
「コレット…貴方とても素直で可愛らしいわね。よかったらお茶でもどうかしら?お時間大丈夫?」
「ええ是非…」
またその女性は少女のように無邪気に笑う。
一見すると優しい問いかけのように感じるが、すでに動き始めている様子に断るという選択肢は強制的に排除される。
がコレットにとってはそれもまた一興、とゆったり微笑みながら小さなガーデンハウスの中へと入って行った。
カチャ___
「ここを気に入ってくれるなんて、私たちかなり気が合いそうだわね」
「ええ、この可愛らしいお家もお庭も、とても良いセンスをされてると思いますわ」
「ふふ…そう言ってくれて嬉しいわ」
出てきたのはこれまた可愛らしいコーヒーカップで、なるべく言葉にだけ感情を乗せるようにしてコーヒーとその場の会話を楽しんでいると…
「"アドリーヌ様"!またこちらにいらしてたんですか?皆探して…って貴方誰よ!?なぜここに…」
と慌てたように一人の貴婦人が飛び込んでくる。
「エレーヌ…ちょっと声が大きいわ。この子はさっきお友達になったコレット嬢よ。可愛らしいでしょ?」
「なっ!…さっき?そんな不用意にここへ招くなんて…」
「貴方もここへ来て一緒にお話ししましょう?この子とっても面白い子なの」
「………」
コレットはそんな二人のやり取りでぼやっと引っかかっていたものが全てハッキリとしてくる。
彼女が何者なのか、そしてここがまだ王宮の庭の中である、ということ…
「私コレットと申します。アドリーヌ様とは嗜好がとても合うようで…」
含みを持たせる笑みを見せるとアドリーヌと呼ばれる女性もまたわかったように頬を上げた。
「はぁ〜…こうなったアドリーヌ様を止められる方は誰もいないわ。私はエレーヌよ」
しょうがないと息を吐くと、さっきより柔らかくなった空気の中今度は3人での面白おかしなお茶会が始まった。




