14.
そして息を潜める喧騒による変化は、夜の店でも起き始めていた。
「こんばんは、いらっしゃいませ。ようこそ魔女の店へ。今宵はどんな魔法にいたしましょう…」
その夜、媚薬や惚れ薬を毎回買っていく常連紳士が魔女の店を訪れた。
「今日はいつもとは違う物が見たい」
「違う物…ですか?」
「あぁ、"人を自由に操れる"ような魔法はないのか?」
「人を自由に…ですか?」
なんとまあ物騒な響きだろう…。
魔女はローブの中で無意識に眉をひそめた。
「最近庶民どもが小麦が取れないなどと言ってちっとも出そうとしないんだ。最近態度もなってない奴が増えてきているしな。きっと隠しているに違いない」
「はあ…」
「だから魔法で言うことを聞かせればアイツらも少しはわかるだろうと思ってな」
「………」
さも当たり前のように胸を張って言い切るその男に、魔女は口を開けたまま固まってしまう。
あぁ、この男はどこまでお馬鹿なの?そのベラベラと喋る口は一体どこに繋がっているというのだろう。
巷ではあれだけその話題が飛び交っているというのに、管理するはずの者がこれか…。いや、この男は管理する気もきっとない。名ばかりの貴族で、自分たちが良ければそれでいいのだ。あぁ、なんとも腐ったお国だこと…。
「おい、はやく魔法の品を出せ!」
「はぁ〜…そのような魔法は当店では扱っておりません(誰が渡すか馬鹿者め)」
「なんだと?それでも魔女か?ふん!そんな魔法も扱えないのか…」
「………」
あぁ、今が昼だったらこのままカフェの2階へ放り込んで差し上げますのに…。
「"私が"ではなく、"貴方が"扱えないだけですわ。そのような物はお渡しできませんのでお気に召さないのであればどうぞ、そのままお帰りください」
「ふざけるな!魔女のくせに…」
「その魔女に何度も縋っていたのはどなたかしら?あぁもううるさいからさっさとお帰りくださいまし」
「な、なんだと!おい、何をする!」
魔女は音楽を奏でるように杖を優雅に動かし、その男を店の外へと放り出した。
ドサッ…バタン___
「イテッ!なっ…私にこんなことをしていいと思っているのか!お前なんぞ…」
ガチャ___
「私がなんでしょう?」
魔女は杖を上へと跳ね上げながら少し開いた扉から顔を出す。
「あ、いや…そ、それは…」
「失礼。私ったらすっかり忘れていましたわ。」
「ん?あ、おい!」
「ではごきげんよう。二度とそのお顔を拝見できないと思うと涙が出そうですわ。嬉しすぎて…」
魔女は男の胸元から金に輝くオンドリが描かれた黒いカードをふわりと浮かせ、それを手に取るとバタンと扉を閉めた。
「はぁ〜…。いよいよこの国も終わりね。どうでもいいけど…」
魔女は鼻歌を歌いながら杖を揺らし店の奥へと進んで行った。
「あぁ、やっと君に会えた…」
明るく風そよぐ森の奥、後ろから包み込まれる心待ちにしていた暖かさと何とも言えない浮遊感にコレットは微笑み、前にまわされた彼の腕をぎゅっと抱きしめた。
「ふふ…最近忙しくて嫌になっちゃう。もうあの店もやめようかしら…」
「それは皆が困るだろ…今やあの店は誰もがありのままでいられる憩いの場となっているんだ」
「そんな、大袈裟だわ」
「そんなことないさ。まあ俺にとっては君自体が、ありのままでいられる癒しなんだがな…」
「あら、そんなことを言っても何も出ないわよ?」
「何もいらないよ。君がいてくれるなら…」
「ふふ…そう…。私もよ…」
日々の喧騒から離れ、誰も入ることのできない2人の穏やかな時間にただただ酔いしれていた。
「最近店にも行けなくてごめんよ」
「貴方に会えないのは寂しいけど、最近ほんとにそれどころじゃないくらい忙しいのよ?みんな小麦の不作で生活がよりキツくなってるみたい…毎日国や王族、貴族たちへの不満が大爆発よ。それこそ貴方が貴族だってバレたら大変ね」
「あ、あぁ…そうだな。俺も小麦の不作はよく感じてるよ。田んぼが地割れしていてあれじゃあ育つはずもない…」
「フレッド…貴方そんなこともしているの?」
「収穫の手伝いに家の修復。たまに漁の手伝いにだって行くよ」
「お願いだから、あまり危ないことはしないでちょうだい…」
コレットは振り向き、彼の頬に手を添え心配そうに青い瞳を見上げる。
「大丈夫さ。でも…そうだな、今の俺には君がいる。約束するよ。危ないことはしないって…」
「約束よ?あぁもう…この国も終わりね。貴族もだけど、王族は一体何をしてるのかしら…」
「………」
「まあこの国が滅ぶなら、その時は他の国へ行くだけよ。ね?」
「あ、あぁ………なぁ、コレット?」
「ん?」
「君は、王族や貴族なんてものには興味ない…よな?」
「まぁ…王族を操り国を手に入れたがる魔女もいるけど…」
「なら…」
「私はこれっぽっちも興味ないわ。それに…こんなほっといても滅びるような国なんて、もっと無理ね」
「そう…だよな」
「ええ、面倒なことはゴメンよ。ねぇ貴方ならどの国へ行きたい?」
「………」
「フレッド?どうかした?」
「あ、いや…なんでもないさ。風が冷たくなってきたな。そろそろ帰らないと…」
「あら…もうそんな時間?」
「はは…そんな悲しい顔しないで?またすぐに会いに来るから」
「いつもそう言ってなかなか連絡をくれないじゃない…」
チュッ___
「ッ!…」
「ほら、唇も冷え切ってるじゃないか。はやく帰ろう…」
「もう…わかったわ。」
「ふっ…きっとまたすぐ……会えるから」
「ええ…そうね」
フレッドはうまく上がらない頬を隠すように、彼女をギュッと抱きしめた。




