13.日常
暖かな日差しの下、小鳥は軽やかに囀り、色鮮やかな蝶たちが優雅に舞う森の奥深く…。
草木の風にそよぐ音を聴きながら、コレットはすっぽりと身体を包む温もりに凭れ掛かる。
「ん…。」
コレットが小さく口を開けると、小紫色の小さな粒を摘んだフレッドの手が後ろから伸び、首筋をくすぐる唇から発せられる低く艶やかな声が鼓膜を震わせる。
「女王様、こちらをどうぞ…。」
「ふふ、女王様ってなによ。」
「美しく凛々しい君にぴったりだろ?君は俺だけの女王様さ。」
「なら貴方はなあに?」
「俺は…従僕かな?」
「あら、それは嫌だわ。貴方には隣に立っていて欲しいもの。」
コレットは少し後ろを振り向き彼の青い瞳を見つめ、当たり前のように言い放つ。それを見たフレッドは少し目を見開いたかと思うとすぐに細め、くつくつと体を揺らした。
「なぜ笑うの?」
「いや…君らしいなと思って。ほら、その可愛いお口を開けて?」
フレッドは爽やかな笑顔で再度小さな果実を差し出し、コレットの口へと放り込んだ。
コロンと口の中に入ってきた小さな実を噛むと、プチっと水々しい皮が弾け、甘く芳醇な香りが口から鼻へと広がっていく。
「ん!これ美味しいわね。」
コレットは初めて食べるそれにぱっと顔を明るくし、キラキラとした瞳で彼を見上げる。
チュッ___
「ッ!…。」
「本当だ。とても甘くて美味しい。」
軽い口づけをするとみるみる顔を染め目を見開く彼女に、フレッドはまた肩を揺らした。
「い、いきなり何するのよ!まだたくさんあるんだからそっちを食べればいいでしょ?」
「これは全て君のために持ってきたんだ。ゆっくり味わっておくれ。」
にっこりと笑いまた差し出す彼に、コレットはもう…と息を含んだ言葉を吐き出し、隠しきれてないが緩む頬を誤魔化すように急いで口を開けた。
「ん〜やっぱりこれすごく美味しいわね。こんなの初めて食べたわ。」
「母上は新しい物好きでね?海の向こうの暑い国から取り寄せたらしい。」
「これケーキの生地に混ぜたら美味しそう。お店に出せないかしら…。」
「それは美味しそうだな。でもこの実は簡単には手に入らないらしい。」
「あら、それじゃあ店で出すのは無理そうね。」
「…干したものならどう?それならいつもあるから手に入れやすいんだと思うけど。」
「いいわね!それじゃあ…。」
なんてふたりはいつも仲睦まじく森の奥で身体を寄せ合い、あるのかはわからない大小様々な"いつか"の話を語り合っていた。
そんな時間はふたりにとって多幸感溢れるものであったがそれも毎日とはいかず、最近さらに忙しそうな彼がコレットの元へ訪れるのは週に1、2回程。
そしてコレットもまた、昼はカフェ、夜は魔法の店と日に日に忙しくなっていく日常に追われるようだった。
というのも…
ドン…ドン…___
「あら、上が随分と騒がしいわね…。」
天井から聞こえてくる大きな物音に眉を上げ、煌びやかなドレスを纏ったその人はコーヒーをお淑やかに一口飲み込んでいく。
今日の1階はいつもと雰囲気が少し違い、貴族のご令嬢方が貸切でカフェを訪れていた。
「カピュシーヌ様、申し訳ありません。上での討論が少々熱くなっているようで…。お詫びにこちらの新しいケーキなんていかがでしょう。海の向こうの国から取り寄せた珍しいフルーツをたっぷり使っておりますの。甘く芳醇な香りは皆様のお口に合うかと思いまして…。」
今日はお静かに、とあれだけ言ったのに…貸切の日は上も空にしないとダメかしら…。
とコレットは頭の中で上で騒いでいるであろう男どもに大きなため息をつく。
最近では、小麦の不作が続いたにもかかわらず変わる様子もない税収に、王族への反発がさらに大きくなっていた。今までのコレットであれば熱い論争が盛んになりこの店が忙しくなることは大変喜ばしいことであったが、フレッドとゆっくり過ごす暇もないことに、最近では本人も気づかないところで苛立ちを募らせていた。
「これ気に入ったわ。何のフルーツですの?」
「この国ではグリュンヌと呼ばれるものを干したものです。」
「あら、それって王妃様がお好きなフルーツでなくって?今度作り方を教えていただけるかしら?」
「王妃様がお好きとは存じ上げませんでした。では、次回までにレシピを書き上げておきますわ。」
多くのご令嬢がいる中でもトップに位置するのはこのカピュシーヌ公爵令嬢だ。階級としてもそうだが
彼女は美しく、頭も切れるまさに才色兼備。完璧で最上のご令嬢と言われている。
彼女が良いと言えば周りは皆次々に頷き、気に入らなければ周りが扱き下ろす。場の意見はすべて彼女で統一されていた。
そんな彼女は、いかにも"ご令嬢"という感じではあるがそれを鼻にかけることはなく、こうやって街の外れにある外観的には綺麗ではない店にも"気に入った"というただそれだけで定期的にこうやって訪れるのだ。
そのおかげで貴族の中でも店の評判は広がり、お忍びで来る貴婦人が徐々に増えている。
そして今日も彼女は賑やかなご令嬢に囲まれる中、ひとり静かにコーヒーとケーキを嗜んでいた。
「そういえば王妃様また新しいドレスをお召しになられていましたわね。」
「ホントに?ならまた新しいのを新調しなくちゃ…。王家に嫁いで贅沢三昧…ほんと羨ましい限りですわ。」
「私もそんな結婚してみたいわ…。お母様なんて毎日お父様の愚痴を言っていますのよ?私もああなるのかと思うと…。」
「この前私のお父様ったら、『女はただ美しくあればいい。男に従い、家を回していればいいんだ。』なんて"1人で"頷きながら言ってたのよ?その時のお母様のお顔ときたら…あぁ、思い出すだけで身体が震えてきちゃいますわ。」
「そんなことよりカピュシーヌ様もまた新しい王妃様のドレスをお作りになるのですか?」
「カピュシーヌ様なら何を着ても素敵ですわ。」
「そんなの当たり前でしょ?カピュシーヌ様は何しても優雅で美しく、完璧な方ですわ。それに近々第一王子エドワール様とのご婚約も控えておありなのよ?」
と彼女の取り巻き達がご機嫌を取ろうと次々に話を振っていく。
誰かが勝手に決めた相手と結婚するだなんてコレットには考えられないことだが、貴族では当たり前のこと。そこに後から愛を見出す者もいるが、そうなるのはごく稀で、愛に自由な今のこの国では、お互い他で遊びまわっている場合の方が多い。
「………貴方たち、王妃様は元々隣国の王族なのよ?生まれも育ちも貴方たちとは違うの。けれど、同じ政略結婚であることに違いはないわ。大切なのはどなたに嫁ぐか、ではなくその家のためにどれだけのことが尽くせるのかではなくて?今の貴方たちには一体…何ができるのかしら?」
彼女が発した瞬間、きゃっきゃとしていたご令嬢たちは目を泳がせながらシーンと静まり返る。
ドン…ドンドン___
そんな静けさのせいか上の音がさっきよりも大きく鳴り響き、天井からぶら下がっているシャンデリアがキラキラと華麗に鬱陶しく揺れ動く。
「…コーヒーのおかわりをお待ち致しますわね。アイスクリームでもご一緒にお持ちしましょうか?」
「お願いするわ。あとさっきのケーキももう一つお願いできるかしら?」
「かしこまりました。すぐにお待ちしますわ。」
ニコッと笑いながらコレットは扉を閉めた。
「………はぁ〜、お願いだから大人しくしてちょうだい。」
コレットはサッとキッチンの食器に指示を出し、口から出た大きなため息と共に音と熱気あふれる2階へと上がって行った。




