11.溢れかえる
「はあぁ〜…。」
「うおっ!…。」
コレットは黒いローブに身を包み、ぐつぐつと怪しく煮えたぎる大釜をぼーっとかき回していた。
「………はあぁ〜…。」
そしてコレットがため息をつくたびに、それはキラキラと輝き大釜へと吸い込まれていく。
「おいまたかっ!」
がしかし、入る直前で光の粒はふわりと浮かび上がり、ミロが操る小瓶に収まり部屋の隅に飛んでいく。
「おいコレット!それ以上大釜の前でため息をつくのはやめろ!お前は一体何を作ろうとしてるんだ?レシピに『魔女のため息』と書いてあるか?書いてないだろう!勝手に材料を足すな!違う魔法になっちまうぞ?」
「もうなに?うるさいわね…ってミロ!貴方なんでこんなに部屋を散らかしてるの?」
コレットが顔を上げると魔法の材料となる物が並んでいた棚は見覚えのない小瓶が溢れかえり、部屋にまで散乱していた。
「はぁ?なんでだって…?やめろと言ってるのにさっきからコレットが何度もため息をつくからだろ?最近変だぞ?魔女なんだから魔法を作る時くらい集中しろ!」
「な!…その…もう!いいからこれみんなはやく片付けて!」
「なんだよもう…。せっかくよく分からないけど落ち込んでるコレットに、いいものをあげようと思ってたのによ…。」
「なによ…いいものって…。」
「これさ…。」
コレットの頭上から一冊の本がふわふわと舞い降り、手の中へと収まる。
「ん?何の本?」
「最近巷の女性達に人気の絵本なんだとよ。何冊もあるわけじゃないからなかなか手に入らないんだぜ?」
「あぁ〜って何でそれをミロが持ってるのよ。」
「いろんな鏡の中を散歩してたらたまたま見てる奴がいてな。そのまま中身だけ写させてもらったんだ。」
「貴方そんなこともできるのね。まあ私はあまり興味はなかったけど…。」
「おい!そんなこと言うなら返せ!偽物とはバレないくらいよく出来てるんだぞ?売ればいい金になる。」
何やら喚いているミロは無視してコレットは手にある本の表紙をめくった。
「マリアローゼ…町娘と青い瞳の騎士…?」
そう書かれたページには綺麗な女性と逞しい騎士が見つめ合い寄り添う絵が描かれていた。
「なかなか面白かったぞ?それ見て元気出せよ。」
「………。」
そして、彼の面影などないはずなのに、白黒の瞳はコレットの頭の中で勝手にブルーシエルへと染まり…。
「………………はあぁ〜。」
とまた無意識にため息をつき、それはキラキラと大釜へ溶けていった。
「あ………。」
とミロがもらした途端…。
ボン!___
「あ………。」
大釜からは大きな音と共に白く輝く煙が飛び出した。
「お嬢ちゃん!コーヒーくれ!」
「はい…。」
「ん?どうした?元気ないな。なんかあったのか?」
「はい…。」
「それは大変だ!俺らでよければ話聞くぞ?」
「はい…。」
「ん…?」
「はあぁ〜…。あ、すみません。コーヒーですね。今お持ちいたしますわ。」
「………お嬢ちゃん…大丈夫か?」
店でも相変わらず心ここに在らずなコレットを常連客は皆心配そうに見つめるが…。
「………はあぁ〜。」
コレットはそれも全く気づかないくらいぼーっとただただ体を動かしていた。
そして…。
「あ…お砂糖がないわ。もう、私ったら何やってるのかしら。」
別になくてもいいのだが、常連は皆砂糖たっぷりの甘いコーヒーが好きな人が多く、追加のお菓子を作るのにも砂糖は欠かせない。
「はあぁ〜もう!」
「ん?コレットどうした?」
キッチンから飛び出すとカップを下げに来たベルナールにそう声をかけられる。
「お砂糖を切らしてしまったの。」
「砂糖を?そんなこと初めてじゃないか?最近なんか上の空だし、大丈夫か?」
「大丈夫よ。パッと行ってお砂糖買ってくるわね。」
「今から行くのか?すぐ買いに行ける距離じゃないだろ。」
「あ、まあそうね…。」
(しまった。魔法を使えば隣町なんて一瞬なんだけど…。あぁ、ベルナールに言うんじゃなかったわ。これじゃあすぐに戻ってきても変に思われちゃう。もう…私ほんと何やってるのかしら…。)
「なら俺が買ってこよう。」
「え?そんな悪いわ。」
「いいさ。それに皆を待たせるなら俺よりコレットがいた方が穏便に済むだろう。」
「なら…お願いできるかしら。」
「あぁ、俺が走ればあっという間さ。」
「お願いね。気をつけて。」
なんてことないように笑う彼の大きな手にお金を託し、コレットは一瞬で小さくなっていく背中を見送った。
そしてお客へ説明しに行こうと1階のドアを開けようとした時…。
チリンチリン___
と背後で来客のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。ようこそカフェ・ド・ブーシェへ。」
「おぉ…思ったよりも中は綺麗なんだな。」
入り口では見たことのない小綺麗な男性がキョロキョロと店の中を見渡していた。
「お客様大変申し訳ありませんが、只今お砂糖を切らしていまして、普通のコーヒーでしたらお出しできるのですがそれでもよろしいですか?」
「あぁ、構わない。」
その男性はコレットを見ることもなく、無愛想にそう言い放つ。
「ではご案内の前に、そちらをお預かりさせていただいてもよろしいですか?」
といつものようにコレットは彼が腰にぶら下げていた短剣に向け両手を出す。
「はぁ?なぜ預けないといけないんだ!」
「………ここは"カフェ"ですので、そのようなものは必要ないかと。それがこの店での決まりです。」
「なんだそれは!おい上の者を出せ!」
「申し訳ありませんが、お気に召さないようであればお帰りください。」
「なんだと!?いいから上の者を出せと言ってるんだ!」
「…ここは "私の" 店でございます。」
「はぁ!?お前みたいな小娘がだと?ふざけるな!」
「………ここを訪れるお客様は皆その決まりを守り、安全かつ自由にこの場を楽しんでおられます。はぁ〜、貴方…語るためにいらしたんではなくて?」
「そのために来たに決まってるだろ!カフェだぞ…。」
「であれば、そのような物は必要ございませんわよね?おかえりの際にはちゃんとお返ししますので正々堂々、自身の言葉のみで皆様と熱く語られてはいかが?それとも…自信がおありではないのかしら?」
最近ずっとモヤモヤが溜まっていたコレットは男の横柄な態度に見事に煽られ、お客であることも忘れアゴを上げながら鋭い目線と声でそう言い返す。
「な!…女のくせに生意気な!!!」
すると男はコレット目掛けて高く腕を振り上げ、どうしてやろうかとコレットが構えた瞬間…。
ふわっ___
とコレットは暖かな何かに包まれ、
「おい…レディーに手を上げるとは何事だ…?」
「ッ!…フレッド!?」
ピリピリと空気が震えるような低い声がすぐ横で響いた。
見上げてみるとそこにはずっと待ち望んでいた鋭く光る青い瞳があり、溢れかえる様々な感情が一瞬でコレットの心を支配した。




