10.ブルーシエルのメランコリー
時は少し遡り、フレッドが魔女と初めて出会った仮面舞踏会の翌日…。
「はあぁ〜〜〜…。」
重く低いため息が煌びやかな部屋に響く。
フレッドはそんな部屋に似合わないシンプルで着古したシャツに袖を通し、柔らかな猫足ソファーにドカッと沈み込む。
『オンドリが導いてくれますわ…。』
「………。」
そして彼は持ち上げた黒いカードをクルクルと回し、永遠と進むオンドリをぼーっと眺める…。
「彼女は一体…なんなんだ?」
しばらくすると焦点はオンドリを通り過ぎ、儚げに揺れたかと思うと妖艶に煌めく魅惑的なショコラの瞳を、無意識に思い浮かべていた。
カリカリ___
「………どうぞ。」
ドアを爪で引っ掻く音が微かに聞こえ、黒いカードをしまいながらそう声をかける。
「失礼致します…。あぁ、またそんな格好をして…。」
「別にいいだろ?着飾るのは兄の担当だ。」
「まったく…。ご自身の立場をお忘れですか?貴方はこの国"王子"です。たとえ第二王子であったとしても王族としての品格を…。」
「王族の品格?ごてごてに着飾ったり、民から搾取することがか?」
「なんてことを!王様も王妃様も…。」
「もういい…。俺はこれから大事な用があるんだ。」
「フレデリック王子!?」
青い瞳の第二王子は手慣れた様子で窓から飛び降り、その背後では従者の密やかな叫び声が響き渡る。
そしてまた黒いカードを取り出し、オンドリが導く方へと走り出した。
「はあぁ〜…。」
そして現在に戻り…。
彼は同じく重いため息をつきながら、カフェ・ド・ブーシェと書かれた看板の前で腕を上げては下げをくり返していた。
コレットと出会い、一目で心奪われたフレッドだったが、今まで思い描いていた女性像とはかけ離れた自立した凛々しい姿やふとした瞬間の儚い瞳と、彼女の事を知れば知るほど惹かれていくのはごく自然なことのようだった。
そしてもともと国も王族も何もかもが気に食わなかった彼は、彼女と共に過ごす未来のため、どうにかして"王子"という逃れられない運命から脱しようともがいていたわけだが…。
『とっても…迷惑だわ………』
あの日、俯きながらそうこぼす彼女にずっと入っていた体の力は抜け、"彼女"と"必死に足掻いていた大義"の二つを同時に失ったようで、フレッドはあれからしばらく運命に争うことなく王宮で淡々と多忙な本来の"フレデリック王子"としての日々を過ごしていた。
「コレット…。」
がしかし、一度心の真ん中へと置いた彼女の瞳をそう簡単に割り切ることなんてできず…。
何をしても空虚な胸にイラつき、自分でも往生際が悪いと分かってはいるが彼女へと向けた足をなかなか後ろへと下げることもできないでいた。
「……………ふぅ〜…。」
そしてフレッドは大きくゆっくりと息を吐くと遂に心を決め、ドアにかける手にグッと力を込めた…。
チリン___
「女のくせに生意気な!!!」
記憶より重たく感じるドアを開けるとすぐに男性の怒鳴り声が聞こえ、顔を上げ見えた光景はまるでスローモーションのようで…。
パシッ___
「ぐぉッ!」
「おい…レディーに手を上げるとは何事だ…?」
「ッ!…フレッド!?」
自分でも驚くほど冷たく地を震わせる低い声を絞り出し、気づけば優しく彼女の小さな肩を抱き寄せながら振り上げられた男の腕をギリギリと掴んでいた。




