9.
「はあぁ〜…。」
「おはよう。なんだまた…。むしろ最近増えてないか?」
「……………。」
ミロは呆れたように言うが、それも届いてない様子の彼女に上がった眉はハの字へと下がっていく。
「おいコレット。ほんとに大丈夫か?」
「………水を汲みに行ってくるわ。」
「なら朝飯待ってけ。今日もたっぷり野菜を入れてあるぞ。」
「あら…ありがとう。」
「………。それ野菜しか入れてないぞ!」
「そう…それは嬉しいわ。ミロはいつも親切ね。ありがとう。行ってくるわ。留守番よろしくね。」
「あの子…ほんとにどうしちゃったんだ?変な薬草でも食べたか?」
「………はあぁ〜。」
コレットはあんなに鬱陶しく感じていた彼がパタリと来なくなり、なぜか胸に穴が空いたような…いや何かが詰まっているような…
「はあぁ〜…。」
よく分からない欠落感に戸惑っていた。
ちゃぷん___
「冷たい…。」
今日も川の水は冷えているが、それ以上にコレットは指先のピリピリとしたむず痒さを感じ…。
「空が綺麗ね…。」
あの暗く沈んだ青い瞳を思い出しては胸がキュッと締め付けられた。
(でもあれでよかったのよ…。よく分からない彼のことを受け入れるより、拒むことの方が簡単で楽だわ。そう、面倒なことに巻き込まれるのはごめんよ。私は気まぐれに生きる魔女なんだから…。)
「そう…その方が楽よ………。」
それはまるで自分に言い聞かせているようで。
「…………はあぁ〜…。」
とても楽そうには見えない。
ぼーっと水面を眺めていると、スッと隣に青い瞳の彼の笑顔が浮かび上がる。
「ッ!…フレッド?」
すぐに隣へと顔を上げるがそこに彼の姿はなく…。
「あぁもう…なんなの?これじゃあ彼につきまとわれていた時の方が、遥かにマシね…。」
コレットは頬を引き攣らせ、小さな乾いた笑い声をもらすとバケツを指先で動かし水をたっぷりと掬った。
ホーホー___
とフクロウが暗闇の中目だけを光らせ鳴く頃。
「いらっしゃいませ…。ようこそコック マジークへ。」
「ん?なんだここは…。」
今宵も新たな若い紳士が魔女の店へやってきた。
「う〜んどれにしよう…。」
「………ふぁ〜っ。」
そして、色とりどりに並んだ小瓶を見つめ悩む紳士の後ろで魔女はつまらなそうに小さくあくびをする。
「よし…コレにしよう。」
その紳士が選んだのは"永遠の命"が宿る小瓶。
といってもそれはもちろん人に使えるほどの効果はなく、せいぜい一本の花を枯らさないようにするくらいだ。
「本当にこれでいいのですか?」
「あぁ、彼女は薔薇が好きでね?これを真っ赤な薔薇にかけてプレゼントしようと思ってね。俺…婚約するんだ。」
「それはそれは、おめで…。」
「彼女以外の女性と…。」
その寂しそうに微笑む瞳にふとフレッドが重なる。
「…結婚したって彼女と会えばいいのでは?そんな方はたくさんいらっしゃいます。」
「俺は妻となる人を守ると決めているんだ。父上と母上のように…。」
「それは素敵なご両親ですね…。ご両親にその方のことは話さなかったのですか?」
「あぁ、そうだね。けど言っても無駄さ。結局俺は彼女より自分自身のことを選んだってことさ。」
「あぁ、そうですか…。」
「だから婚約するまで誰も好きにはならないと決めていたんだけど…。けど、彼女と出会ってしまってね。せめて、俺を忘れないでいて欲しいと思ってね。」
「…………。」
「いや、やっぱりこれは彼女にとってはあまり良いプレゼントとは言えないだろうか?」
「どうでしょう…。まあ、要らなければ捨ててくれと一言添えればいいのではないですか?」
「………そうだな。ありがとう。やっぱりこれにするよ。」
「お買い上げありがとうございます。あの…フレッドって青い瞳の男性はご存知ですか?」
「フレッド?いや、知らないな。」
「そうですか…。あ、これは私からのささやかなプレゼントです。」
彼にもあのブローチを渡し、家まで送り届けた魔女は…。
「はあぁ〜…。」
なぜツンとする彼の名を口にしたのかわからないまま、もう何度目か分からない重いため息をまたついた。




