表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ハロウィーンの夜に

作者: 一辻 雨紡

 やあ、こんばんは。今日は月が綺麗ないい夜だね。ところで、立ち止まってくれた優しいそこの君、少し僕の話を聞いてくれないだろうか。


 ん? そんな奇妙な格好をした奴と話をしたくないって?

 嫌だな、だって今日はハロウィンじゃないか。奇妙な格好をしなくてどうするんだい? オバケや怪物の格好をするのが今日の楽しみ、今日の醍醐味じゃないか。いくら地味な仮装をするのが流行っていたって、きちんとした正装、オバケの格好をする者がいてこそのハロウィンだろう?


 ほら、こうして僕も穴の空いたシーツを被って、カボチャのランタンを持っているのだから。むしろ、ここまでちゃんとしたオバケの格好をしているんだから、僕のことをまともな奴だと評価してもらいたいね。


 ……ところで君って、カボチャのランタンのお話を知っているかい? そう、ハロウィンではおなじみ、ジャック・オー・ランタンのお話さ。


 昔々のその昔、あるところにジャックという男がいた。ジャックはどうしようもない悪党で、ある時悪魔に地獄へと連れていかれそうになるんだ。

 だが、ジャックはやけに頭が回るというか、妙に悪知恵が働く男だったんだ。ジャックは悪魔の善意を利用して、悪魔をだましたり、返り討ちにしたりして、最終的には『ジャックを地獄に入れない』という約束までさせた。


 その後の結末はご存じの通り。ジャックも普通の人間だったため、やがては命を落とし、天国へ行くか地獄に落ちるかの選択を迫られた。

 ジャックは当然のように天国へ行こうとしたが、生前の悪行から天使は天国へ入れてはくれない。それならばと、ジャックは地獄へと行こうとしたが、悪魔は約束したからと地獄へ入れてくれなかった。


 天国へも行けず、地獄へも行けない。地上を歩き回ることしかできなくなったジャックに、悪魔は火の灯ったカブのランタンをくれた。


 これがハロウィンではおなじみ、ジャック・オー・ランタンのお話さ。


 ……実はこのお話に続きがあるって言ったら、君は信じるかい? 天国へも行けず、地獄へも行けない、カブのランタン片手に地上を彷徨い歩くジャック。

 彼はその後一体どうしたんだろうねぇ? ねえ、興味あるかい?


 それじゃあ、お話してあげよう。

 彼はあの後、様々なところを彷徨い歩いた。村を、沼地を、森を、町を。

 けれども彼の姿は誰にも見えやしなかった。当然さ。だって彼は死んでいるんだから。


 それでも彼が世界中を彷徨ったのは、きっと誰かに見つけてほしかったからなのかもしれないね。もしくは自分と同じ、どこへも行けなくなった人を捜し歩いていたのか。


 まあ、それはともかく、彼はどこにも行けないからどこへも行ける人だったんだ。彼は歩いて、歩いて、歩いて、そうしてある時葦の原っぱにぱったりと倒れこんでしまったんだ。


 死んでるくせに、病気になるなんてありえない。じゃあ、なんで倒れたかというと、端に歩き疲れたんだろうね。あてもなく彷徨うにはそれはそれは気力がいるから。

 彼はカブのランタンを放り出して地面に大の字になって寝ころんだ。どうせ誰も彼のことを見つけやしないのだ。雨が降っても、風が吹いても、雪が積もっても、嵐になったって、誰もジャックを見つけないし、ジャックの体は朽ちもしないのだ。


 なんとも不思議なことに、悪魔のくれたカブのランタンはどんなに天候が悪くなっても明かりが消えることはなかった。地獄の炎というのは丈夫だね。どんなに水を()()っても消えやしない。……なんてね。


 まあ、それはともかく。それが功をなしたのか、ジャックが地面に倒れ伏してから数多の月が通り過ぎた夜、誰かが声をかけてきたんだ。


 もし、そこに誰かおられますか?


 聞こえてきたのはそんなか細い声だった。小さく細い、どこか怯えを孕んだ女性の声。

 ああ、どうせ、自分に声をかけているわけじゃないんだろう。ジャックはそう思った。


 だけど、そんなジャックの予想は大きく覆されたんだ。


 まあ、大変。そんなところで倒れているなんて。昨晩は大変な嵐だったでしょう? 早くこちらに来て休んでくださいな。


 背の高い葦を払いのけて現れたのは、醜い顔をした女性だった。顔についたいくつもの赤いブツブツはおそらく病気によってできたもので、それを見れば多くの人間が彼女の手を払いのけてもおかしくはないだろう顔をしていた。


 けれどもジャックにはそんなものどうでもよかった。死んでから初めて自分に声をかけてくれた人だったのだ。美しいも醜いも、男も女も、老いも若いも関係ない。ただ、自分を見つけて、手を差し伸べてくれた。その一点さえあればよかった。


 ジャックは彼女の手を取った。そうして彼女が、あそこのランタンも、と言うので、ジャックはカブのランタンを手に取って、彼女とともに彼女の家に向かった。


 彼女は名をフレデリカと言った。親も兄弟もいない。昔病気になってから、村の人間から疎まれながら生きているのだと言った。


 ああ、なんという好都合! 一人ぼっちの女性なら、どれだけ彼女とともにいたとしても、他人に見つけてもらえない疎外感を味わうことなんてないだろう!


 彼女の家を訪れた人間が、自分を無視して彼女だけに話しかけるなんて、そんな場面をジャックは見なくて済むのだ。


 ジャックはフレデリカとともに家に入り、彼女とともに暮らし始めた。

 フレデリカはよく気が利く娘で、料理も裁縫も掃除もうまく、器量のいい娘だった。


 フレデリカはジャックに対し、何も聞かなかった。なぜ服がボロボロなのかも、なぜあの場所で倒れていたのかも、どこから来て、どこへ行くのかも何も聞かなかった。


 その理由をジャックはわかっていた。怖いからだ。

 ようやく自分のそばにいてくれる人間を見つけたのに、自分が詮索したせいで消えていなくなってしまうのが怖いからだ。


 好都合だった。何もかもが好都合だった。

 ジャックは幾多の月が通り過ぎる夜を彼女の家で過ごした。


 フレデリカは家の裏の畑で野菜を作っていた。村の人間はフレデリカに食料を売ってくれない。だからフレデリカは自分で自分の食べ物を作るしかなかったのだ。


 ある時、フレデリカが言った。家の裏の畑に大きなカボチャがなったの。それをスープにして食べましょう、と。


 ジャックは賛成した。彼女の作るカボチャのスープは絶品で、死んだこの身でも天国にいるような気分を味わえるものだった。


 フレデリカがカボチャを取ってきて、スープを作ろうとカボチャの中身をくりぬいたあとで、ふと彼女が思い出したように言った。


 あら、ごめんなさい。マッチが切れていたのを忘れていたわ。これじゃあ、鍋を火にかけられない。


 ああ、それなら、とジャックは壁に掛けてあったカブのランタンを指さした。

 あの火を使えばいい。そう簡単に消えはしないから。


 そのカブのランタンはもうジャックには必要のないものだった。

 ランタンを片手に夜道を歩く必要はない。もうあてもなく彷徨う必要はない。せいぜい、壁にかけて明かりにするしか使い道のない代物だった。


 そうね、と彼女は言って、壁に掛けられたカブのランタンに手を伸ばした。


 フレデリカの手がカブのランタンに触れた瞬間、ボワッと彼女の体が炎に包まれた。


 風が吹いたわけでもない、服に火が付いたわけでもない。本当に彼女の手がカブのランタンに触れた瞬間、全身が炎に包まれたのだ。


 キャアアァァ、と響く彼女の悲鳴。

 フレデリカ! と叫ぶジャックの怒号。


 ジャックが慌てて桶に入った水を彼女にかけたが、そんなものに意味はない。

 地獄の炎というのは丈夫だ。どんなに水を被っても消えやしない。


 ジャックはフレデリカを助けようとしたが、ジャックの体に火が付くことはなく。ジャックが掴んだフレデリカの手は地獄の炎によって焼かれていく。


 悲鳴も、怒号も、焦燥も、苦しみも、全ては炎に巻き込まれて消えていく。


 やがて何もかもが静かになったとき、ジャックの足元に残ったのは全てを焼き尽くした地獄の炎の火種だけだった。


 パチ、パチ、と小さく弾ける火種をジャックは拾い上げてみた。フレデリカのことはすぐに燃やし尽くしたのに、ジャックの体には焦げ跡一つつかない。


 なぜ、自分の体は焼けない? 自分が死んでいるからか? 地獄へと行けない体だからか? ああ、それよりも、フレデリカは一体どうなったのだろう?


 ジャックが呆然と顔を上げれば、そこは誰もいない空虚な部屋。炉にかけられたままの鍋。くりぬかれたカボチャ。明かりの消えたカブのランタン。


 確かに、フレデリカがついさっきまでいた痕跡はあるのに、彼女はもうどこにもいない。この世から完全に消え去ってしまった。


 いなくなってしまった。彼女は自分のせいでいなくなってしまった。


 ジャックはようやくそれに気づいた。そして、気づいたことはもう一つ。


 自分はもうフレデリカに会えないのだ、ということ。


 フレデリカは死んでしまったのだ。もうきっとこの世にはいないのだ。

 だとするならば、死した魂が向かうのは天国か地獄。けれど、ジャックはそのどちらにも行くことはできない。


 もう自分はフレデリカには会えないのだ。


 呆然とジャックは立ち尽くした。ようやく自分の家を見つけたはずだった。自分の居場所を見出したはずだった。けれど、もうこんな場所、こんな空虚な家を自分の家だとは思えない。


 ジャックはその場に崩れ落ちた。けれど、数多の月が通りすぎようと、何も変わりはしない。

 フレデリカは帰らないし、また、他の誰かがジャックを見つけてくれることはない。


 ジャックは呆然としたまま、考えて、考えて、考えて、そして、ある時ふと、一つのいいことを思いついたのさ。


 ジャックは地獄の炎をカボチャに移し替えて、それをランタンにして持ち歩くことにした。それともう一つ、大切なものを片手に。


 これがジャック・オー・ランタンの続きのお話さ。


 ……え? これでお終いかって?

 ジャックの思いついたことは何かって?

 彼が持ち歩いてる大切なものは何だって?


 ……ふふふ。今日は月がキレイないい夜だね。だって、今日はハロウィーン。人とそうでない者が入り混じる夜だ。狼の顔を被った男に声を掛けたら、それが本物だった、なんてこともあり得るかもしれない。


 そう。今日はハロウィーン。人ならざる者が現れる夜。だから、声をかける相手には気をつけなくちゃいけないよ。もちろん、声をかけてきた相手にも。


 申し遅れたね。僕の名前はジャック。かの有名なジャックさ。


 ジャック・オー・ランタンのお話は哀れな結末。僕が話した続きのお話も可哀想な物だっただろう?

 だから、君に協力して欲しいんだ。この物語がハッピーエンドで終わるように。


 おっと、逃げようったってそうはいかないよ。

 ……タッチ。ふふふ。人を燃やすのってどうしてこう簡単なんだろう。このランタンを体に当てさえすればすぐに燃えてしまうのだから。


 ああ。僕がこんなのだから、また別の名前がつくんだ。ウィル・オー・ウィスプ。死へと誘う鬼火ってね。


 まあ、そんなのどうだっていいや。さっきの君の問いに答えてあげよう。


 今から死にゆく君へ。これから君はきっと天国か地獄へ行くだろう。そこで君には僕のフレデリカを探し出して欲しいんだ。そして彼女にこれを渡してほしい。


 これは僕が彼女に宛てた大切な手紙だ。もう何枚も何枚も書いてる。だけど、彼女は一向に僕に返事を書いてくれないし、僕に会いに来てもくれないんだ。


 酷い人だろう? でも、僕は手紙の返事か、彼女が僕に会いにきたら許そうと思ってるんだ。


 だから、どうかこの手紙を確かにフレデリカに渡してほしい。よろしく頼んだよ、見知らぬ僕を見つけて立ち止まってくれた優しい君。


 それでは。死者の国のフレデリカに、どうぞよろしく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ