【第一章7】ランプが導く宴会場への道
その成人とは思えないアホっぽ…生意気な顔面に拳をめり込ませてやろうかと握りこぶしを作った瞬間、ランプを持った隊員がそっと僕と良然の間に割って入った。
「まあまあ、残方中将がお待ちだから早く行こう。わたしの外套は薄いから寒さが老骨にひどく堪える…風邪を引いちゃうよ全く。わたしは李橙恩、よろしくね」
「あ、ぼ、僕は朴久藍です、よろしくお願いします」
「朴さん?あぁ〜あの朴総監様のの息子さんか、じゃあ朴の坊ちゃまだね。朴の坊ちゃまの一人称も僕なの?なんだかややこしいねぇ」
「なんかすみません…」
「んん?ただやっぱり珍しい苗字だねぇって思っただけだよ。朴の坊ちゃまのお父様とは違って、もしかして墨汁を使って手紙を書いてたりするの?」
「え、あ、いえ」
「あ、そう?流石にインクかな。インクといえば朴の坊ちゃまはどこのものを使ってるの?」
「ぼ、僕はその」
「…おい、お坊っちゃん、流石に可哀想になってきたから忠告してやるが、こいつの話は大半が冗談だと思って聞いておけよ、呑まれるぞ。あんたもいい加減にしとけよ橙恩」
「あらら、きみとは違ってわたしは何もしてないんだけど」
橙恩は困ったようにおっとりと笑う。さっきまでグイグイと来ていたのが嘘のようにあっさりと引き下がっていった。
それにしても、この男を見ていると拭いきれない違和感があるのはなぜだろうか。軍人にしてはおっとりしすぎていると言うか…現に良然はちょっと例外だが、ここの軍人たちは穏やかそうな雰囲気の中にも張り詰めた緊張感がある。前線を守っている基地というのもあるのだろう、いつでも矢を飛ばせるとばかりに張り詰めた弓のようだ。でも彼はまるで街で花に水をやるのが日課である気のいいおじさん、だろうか?あえて例えるならそんな雰囲気をまとっている。
「まぁいいや。どの道わたしは良然に嫌われているんだ、だったらおとなしくランプを持って外灯としての役割を果たすよ。あぁ、なんて寒くて孤独な夜なんだろう今日は」
肩を竦める橙恩を胡散臭そうな目で見る良然は確かに鬱陶しがっている節があるが、それでも仲間同士でのからかい合いの範疇を越えないもので、邪険に扱ってはいるものの仲は良好のように見える。
それにこの人は確か僕と良然が喧嘩をしていた時、仲裁していた一人だったと記憶している。中将に命令されてきたということはそれなりに信頼も厚いのだろう
「まあまあ、そうおっしゃらず。橙恩さんはここに来て長いのでしょうか?随分馴染んでるように見えます」
「あ、本当?。わたしはここに来て約10年目で、もうずっと残方中将の勇姿をこの目に直に焼き付けてきてて…もしよければ彼の武勇伝を話そうか?」
「おや、いいんですか?ぜひともお願いしたいところですが…」
「いいよいいよ、わたしも話したくて堪らないんだ。食堂までの短い距離でも2、3話ぐらいは話せるよ」
実際に食堂までは大した距離はなく、橙恩の言う通り、中将の話をしているとあっという間に着いた。その間良然は何度も聞いた話だったのかつまらなさそうな表情で珍しく、静かに隣を歩いていた。
ただまぁ、時折視線をちらちらと橙恩に向けていたから彼の話を聞くために静かにしていたという可能性も否めなくはない。
「さ、着いたよ朴の坊ちゃま。この扉を開けたら豪勢な料理が並べられているのを見てびっくりするだろうね」
「なぁ、それ事前に言っていいのかよ。こういうのって言わないでおいて驚くところを見るのが普通じゃねぇの」
「そうかも、じゃあ朴の坊ちゃまには驚いた演技をしてもらわなきゃ」
えぇ…やだな…というか中将から事前に懇親会なるものを行うと聞かされていたから、扉の向こうでまぁ何かしらやっているのはわかる。
問題はどう返すだが…さて、どうしたもんか。言うか言わないか、まさにそれが問題だと言えよう。
「お主ら扉の前で入らずに何をしとる。早く入らんか、皆もう揃って待っていると言うのに」
僕が扉を開けあぐねていると中から中将が開けて早く入るように急かしてきた。中に入るとかなりの人数が席についていて、湯気が立つ料理が載せられた皿がいくつかある。僕と良然の分だろうか、2人分の皿の上には大皿の料理が盛られていて食欲をそそる香辛料の香りが鼻を刺激した。3人分しか空いていない席と、少し気まずそうな良然の表情からしてもうすでに全員集まっているようだ。




