【第一章3】左遷された問題児
「はーい、お呼びですか中将ー」
「おお良然来たか」
青年は頬に貼り付けられた真っ白なガーゼが印象的で、他にもよく見れば、細かな新旧さまざまな傷が露出した肌にあるのが見える。外はあんなに寒いのによくもまぁ腕を捲れるものだ。
彼は僕を見るとあからさまに嫌そうな顔をして「ゲッ」と呟いた。
「こいつが新しい監査員?ほんっと懲りねぇ上層部だな」
「お行儀よくしろよ良然。お前の態度の悪さがすっぱ抜かれたら故郷に強制送還だぞ。まあ、今回の監査員殿は少し違うようだがな」
「へっ、そりゃどうだか。ってか中将、用事って何?まさかこいつの案内しろとか、冗談でもやめてくれよ」
「よく分かったじゃねぇか、早く案内してこい」
「げぇ!勘弁してくれよ中将!」
「上官命令だ、早く行って来い」
「うぃーっす…ほら、行くぞ」
顎でクイッとドアを指し示して出るように言われた。驚くほど態度が悪いがここでは向こうが先輩だから従うしか無い。急いで荷物を持ち、中将に軽く一礼してから部屋を出た。
「あー…まずその大荷物置いてくか。前任の監査員の部屋があるからそっち行くぞ。俺は良然。で、お前は?」
「久藍です。朴久藍といいます。よろしくお願いします」
「あっそ、言っとくけど中将は騙せっかもしれねぇけど俺はお前のことを信じてねぇから。中央から派遣されたボンボンの坊っちゃんなんてお呼びじゃねぇっつうの」
そう言う良然からは不信感と疑念がひしひしと突き刺さる。けっこう排他的な風潮があるのかもしれない。ここはほとんど異動がないと聞くし、それでなくても偉そうなぽっと出の上司は気に食わないだろう。ここは曖昧に笑って誤魔化すのが得策だな。
「ハハハ」
「うぇ、何だよその引きつった顔、それで笑ってるつもりか?」
顔を顰められた。なんでだよ。
「ほらよ、この部屋があんたの。あ、荷物は全部置いてけ。ざっとこの基地案内すっからその大荷物はジャマだ」
「はい」
「馬鹿お前そんなとこに置いてたら暖房つけたときに燃えるぞ、お前の荷物で焼き芋でもする気か」
「は、はい」
「鍵は確かその引き出しにあるはずだから開けてみろよ」
「あ、ホントだ。ありましたよ鍵」
「無きゃ前任がイカレポンチってことになるわ。それも間違っちゃねぇか」
「え、そんなに酷かったんです?ってかそんなこと言っていいんですか」
「いいわきゃねぇだろ、ちょっとは考えろよ」
あんたねぇ…!
鼻をフンと鳴らして馬鹿にしたように僕を見る。彼のあまりの性格の悪さに文句を口に出しかけたが、帽子を深く被り直し額の青筋を隠すだけにとどめた。
「中将様の言葉は正しかったようです。お世辞にも行儀のいい人とは言えませんね」
「誰がお前なんかにお行儀よくすっかよ」
「こんな山猿のような人を従えている中将様には頭が下がるばかりです。さぞ苦労も多いのでしょう」
「もっぺん言ってみろよこの丸メガネ野郎!」
「何度だって言ってやりますよ山猿!へっぽこざる!野生のケダモノ!」
「んだとこの野郎!」
…許してほしい、自分でもこうすべきではなかったと分かってるし、言い過ぎたと思ってる。
こんな低俗で子供じみた喧嘩は騒ぎに気がついた他の隊員が割って入るまで続いた。結果、取っ組み合い寸前だった僕と良然はそれぞれ引き離され、僕は中将の執務室へ逆戻りする事になった。
「儂は喧嘩するために良然と引き合わせたわけじゃないんだがなぁ…若者同士っつうのは顔を合わせたら喧嘩する生き物なのか?」
「返す言葉もございません…」
「構わん、軍に籍を置いている以上少しくらいやんちゃでなければ困る」
中将は快活に笑いながら手を振った。机の上にはまだ途中だと思われる書類が積み重ねられていて、思わずいたたまれなさに身を小さくした。
「なにか、お手伝いしましょうか。書類や、雑用とか…」
「今日は初日だろう、おいおい説明するから今日は座って待っとれ」
「は、はぁ」
「それよりあいつについて少し弁解させてくれ。あいつはちっとばかし勘違いしているのだ、儂が頼りない老骨なばかりに他所から来たあいつにも心配をかけてしまっていてな。情けない限りだが、儂は前任の監査員が他の隊員に蛮行を働くのを止められんで、咄嗟にかばうのが精一杯だった。前任はよほど天与礼者が嫌いだったのだろうなぁ…」
感慨深そうに呟くが、そんな思い出深そうに話す内容では決して無い。
…中将の顔にある傷も前任によってつけられたのだろうか?




