【第二章20】仕掛け
「話し戻すぞ。で、本の礼物に気づいたのは中将なんだが、気づいたのは俺が来てからだったらしい。他の基地にもこの本は一冊必ず配給されんだが、俺は絶対に読もうとしなかったから天与礼者に対する印象っつうのは民間となんら変わらねぇ。中将はそこに目をつけて違いはこの本を読んでるか読んでねぇかって事に気がついた」
「そしてこの本は礼物が仕掛けられたものだということに気がついたわけですね。だったらこの基地の人だけでも読まないように警告を広めたら良かったんじゃ…」
良然は馬鹿にするような目で溜め息をつく。
「しようとしたに決まってるだろ。だが毎度毎度、あのクソ監査官に止められたんじゃ広まるもんも広がらねぇ。だから中将はお前が来た時今回はいけると踏んだらしい。しばらくは誰かが新しく配属される予定はねぇけど、これからこの本の危険性を広めるんだとさ」
「なるほど…しかし既に礼物に掛かった人間はいるでしょう?礼物を解く方法は無いんですか?」
「ない。基本的にはな。天与礼者に二つの区分があるのは知ってるか」
二つの区分と聞いて先日蘭慶から聞いた話を思い出す。
「えぇと…根幹系と干渉系でしたっけ」
「それとは別に自分の意志で礼物を制御できねぇやつとできるやつがいる。それは未熟さかそういう性質の礼物かは知らんけど、そういうこともある」
「それで、その話がどうつながるんですか」
「だぁから俺が言いたいのはこの礼者が自分で制御出来ねぇタイプかも知れねぇってことだよ。そうなった場合礼物を解く方法がわからねぇ。本を破り捨てればいいってんなら楽だが、そうでなけりゃ…」
言葉を濁した先は恐らく礼者の殺害だろう。できれば破り捨てるだけで効果がなくなって欲しい。親父に命令されて嫌々書いてるだけなら殺すのはあまりにも酷だ。
思い返せば、ふと気になったことがある。僕は半分近く読んだにも関わらず変わった感じがしない。まぁ礼物を掛けられたことはないけれども、それでも僕の天与礼者に対する認識に齟齬等はない。それが全部読んでいないからなのか、それとも本を燃やしたからなのか。
「ちなみに過去に本を燃やした人は居ましたか?」
「俺の知る限りじゃいねぇ」
「では途中まで読んでやめた人は?」
「お前だけじゃねぇの?」
「あ、じゃあ僕は途中しか読まずに本を燃やしたんですけど、考えとか変わった感じしないんですよね。燃やしたからだと思いません?」
「は、燃やしたの?こいつを?」
良然は怪訝そうに本を指差す。ところどころ経年劣化の為に色褪せたり、本の隅が形崩れしてしまってはいるが、比較的きれいな表紙をまじまじと見る。
「焦げとかねぇんだけど」
「それは、えぇと、他の本です。同じ別の本を燃やした後にもう一冊貰ってしまって」
咄嗟に濁してしまった。なんだか橙恩に押し付けられただとか言えないような、言ってはいけないような気がした。幸い良然は気にしている様子はなく、大げさに肩をすくめた。
「お、おぉ…さぁ、知らねぇけどどうなんだろうな」
「わからないんですね」
「あったりまえだろ。俺は天与礼者じゃねぇんだから礼物関係で分かることなんざセミの尿よりすくねぇっての」
肩をすくめて立ち上がり、ぐっと伸びをして僕を見下ろした。
「ま、礼物に掛かった気しねぇなら気にしなくて良いんじゃねぇの。調子戻しとけよ、そのままだと辛気臭くて気持ち悪いからな」
「あなた謝りに来たんじゃないんですか」
「俺のせいじゃねぇって分かったし、なんでお前に謝んなきゃなんねぇんだよ。おれ悪くねぇもん」
僕が睨んでも、良然は気にする様子もなく鼻で笑って部屋を出ていった。バタンとドアが閉まると一気に疲労感がでてへにゃりと背中を丸める。暗くなった部屋の机にかすかに当たる光に照らされて、天命礼記の箔押しがキラキラと輝いているのが見えた。
少しの間ぼんやりと見ていると、なんとなく本から嫌な視線のようなものを感じて、ありえないと思いつつも礼物が掛けられた本だしなぁと思って顔を背けて横になる。一日がこんなに長かっただろうかと思っている内に、さっきたっぷり寝たにも関わらず次第にまぶたは重くなり、抗う気力もないので眠気に身を任せた。




