【第二章18】蘇った本
1/23に出した、第二章16話目の出勤四日目の中で、椿苑基地の地図の話が出ていますが、分かりずらいと思われる方がいらしたら新しく地図の画像を添付しようかと考えています。もし地図の画像が欲しい方がいらしたら、ぜひ感想の欄で教えていただければ幸いです。はい、感想が欲しいだけです。
ソレはあってはいけないものだった。ここにあるはずがないもの。確実に燃やしたはずなのに、どうしてここにある、どうして焦げ目の1つもない。いや、ここにあるのが僕が燃やした本と同一である可能性は低いはずだ。だって本は確実に燃えた。もしそうでなければ、昨夜の僕が感じたあの纏わりつくような熱と、焦げ付いた肉の匂いは何だったと言うんだ?
息をするのも忘れ、あれこれと思考を四方八方に巡らせてそれに目を釘付けになっていると、隣りにいた蘭慶が僕の目線を辿り彼の手にある本に目を向けた。
「これらの本が気になりますか?俺がこれから二階の書庫に移そうとしていた本ですが、朴さん気になるのであればいくつか貸し出しましょうか」
「蘭慶さんは、どこでその本を手に入れたんですか」
「えっと…それとはどれの本です?」
「朴の坊ちゃまはこれが気になっているんじゃないかな、ちょっと失礼するよ蘭慶くん。ほらこの『天命礼記』とか?ふふ、さて果たしてわたしは正解を引いたんだろうか?」
橙恩は浅緑色の表紙の本を取ってその本で口元を隠す。すっと細められた目元に笑い皺が浮かび、今にも楽しそうな笑い声が聞こえてきそうだった。
橙恩の手にあるその本。緑の表紙に箔押しされた金色の「天命礼記」とその下にある名前が、昨夜の恐怖や怒りを彷彿とさせて、胃の中身がぐるぐると回っているような気持ち悪さで全身という全身の血の気が引いて耳鳴りも耳の奥でこだまし始めた。
「…正解です。一体どこでそんな本を手に入れたんですか」
蘭慶は橙恩と顔を見合わせて少し首を傾げる。
「むしろ朴さんは持っていないんですか?ここに来る道中で読むように渡されていませんか?」
「わたしが知る限り、少なくとも椿苑基地にいる軍人は必ず全員読むように言われてるけどねぇ。監査官は別だったり?」
「いや例外は無いはずですが…朴さんどうかされました?顔が険しいですが」
当たり前だろうと言わんばかりの蘭慶の顔から全員がこの本を持っていることが分かる。
今すぐ目の前の天命礼記だかなんだか知らないが、この巫山戯た名前の本を破り捨てたいほどの怒りで手の平に爪が食い込むほどに手を握りしめる。
「つまり、この本は僕以外の方にも配られてるってことですか?どうして捨てないんですかこんな巫山戯た本、あること無いことばかりの…!」
「そうだねぇ。せっかく朴総監督様から頂いた本だから無下にはやっぱりできないよね。そうだ、坊ちゃまもいるかい?」
橙恩は僕の耳元に口を寄せ、ささやき声で続ける。
「一冊、失くされたんでしょう?せっかくお父様に頂いたのにねぇ」
目を見開き、一歩よろめいて後ずさる。何故、なぜ、なぜ彼がそれを知っているんだ、あの時周囲に誰もいないのは何度も確認したはず。まさか、蘭慶も知っているのか?
はっと蘭慶に視線を向けると、挙動不審な僕を訝しげに見る彼と視線がかち合う。それを見る限り蘭慶は僕が本を燃やしたことについては知らなさそうだった。目撃者がおそらく橙恩だけということに安堵する反面、どうして彼が知っているのかと恐怖にも似た嫌悪感が募る。
「蘭慶くん、この本は誰かの持ち物だっけ?」
「いえ、孔さんの遺品です。その本は軍外不出名簿にある物品だったので遺族には渡せませんからね、俺の方で片付けておこうと思いまして」
「そっか、じゃあ坊ちゃまに譲ってあげることはできないかな?」
「問題は無いはずです。どこかに持ち出さなければ構いません」
「いや、僕はいらな」
「まあまあ、遠慮なさらずに坊ちゃま。ほら亡くなった彼の意思を継ぐと思って」
ね?と念押しされるがままに押し付けられた本を震える手で受け取る。手に持った瞬間、内臓を逆撫でされたような気持ち悪さに身震いする。
「しっかり持っていてくださいね〜。今度は、無くしたり、燃やしたりしないように…ね?」
嫌に強調された『今度は』という言葉と、細められた目の隙間から見える笑っていない目に圧倒され、息が喉の奥でグッと詰まる。
「…すみません、戻ります」
「はい、さようなら」
「え、ちょっと待ってください、いきなりどうしたんですか、ちょ…朴さん?」
焦ってるような制止の声もどこか遠くに感じられ、自分の体が誰かに乗っ取られたような、自分の体が自分の支配下にないという気持ち悪さを振り切るために足を早めていく。最初は早歩きだったのが小走りになり、最終的に走って階段を駆け上がった。




