【第二章12】干渉、根幹
「例えばこのように『秦蘭慶の本名は朴久藍である』と書いたとします。ですが実際はそうではないと分かりますね?俺は正真正銘、秦蘭慶であり、朴久藍はあなたです。ですが俺があなたの額に手を当て、この紙の内容を復唱すると、朴さんの中で俺は『朴久藍』であり、朴さんは『朴久藍』ではない誰か…もしくは自分が何だったのか忘れます」
そういって紙に書いた文を僕に見せたあと、ビリビリと破いて読めないようにした。
「このようにして俺は侵入者の記憶を上書きします。ただ、書き換えた情報が相手の頭の中でどのように落ち着くのかは俺にもさっぱりわかりません。過去に一度だけですが、廃人になった例がありますからね。便利とは少し言い難いかもしれません」
「へぇ…難しいんですねぇ天与礼物って」
えぇ…そんなさらっと軽く流す内容じゃなくないか…?ちょっと引くな…
そうして蘭慶の話を聞いているうちに料理は半分以上が腹の中に消え、程よい満腹感で満たされた。残りの汁物と副菜をかき込めば、皿の上に残っているものはもう無い。
「食べ終わりましたか。早いもんですね」
「普通だと思いますよ。ところで今の話を聞くに蘭慶さんは干渉系の礼者になります?」
「ふむ…確かに俺は干渉系と言えるでしょう。とはいえ大抵の礼者は干渉系に分類されます。根幹系、つまり自己強化する礼物は珍しいです。あとは根幹系か干渉系か曖昧な礼者、残方様などですね。まぁ適当に分けられてるので勘でいいですよそういうモンは」
「中将様ってそんなに曖昧なんですか」
「根幹系だというヤツもいれば、干渉系だというヤツもいます。そいつらも曖昧な基準で喋ってるくせに自身の正当性を主張してるのでたまに議論が白熱しますね。ちなみに俺は根幹系だと思ってます」
「へぇ」
聞くところによると、中将はその二つ名の通り、戦うときに炎を纏うらしい。それが自分を燃やしてるのか相手を燃やしてるのかでまた変わってくるんだろう。…待てよ?自分を燃やして何の得があるんだ?防御とかか?
「さて、朴さんも食べ終わったようですし俺はそろそろ行きます」
「あ、はい。お疲れ様です」
「ええ、朴さんもお疲れ様です。また今度時間があればお話しましょう」
蘭慶は軽く笑って頷いて食堂を出ていった。机の上を見るとしっかり破った紙も持っていったようで、さっきまで座っていた席には何も残されていない。
食べ終わった今、特にやることもなく手持ち無沙汰だ。話も終わってしまったしまだ眠くもない。何をするかは迷うけど、とりあえず食器を返して部屋に戻るか。
…そう言えば、落火に来る少し前に珍しく親父が家に帰ってきたことがあった。母さんに言われて渋々昼食を取ってすぐに軍本部に戻ったが、その際持って行けとばかりに一冊の本が机の上に置き去りにされていた。母さんがあまりにも持っていくようにせっつくものだから持ってきたは良いものの、一回も開いていない。そもそも興味すらなかったが寝る前の暇つぶしぐらいにはなるかもしれない。それを少し読んでから今日は寝よう。
さてさて、あの本は一体どこに置いたんだったかな…お、あったあった。どれ、題名は…
「天命…礼記?なんだ、歴史書か。嫌がらせのつもりか?こんな分厚いものををよこすなんて…」
天命礼記、作者は朴黎鳴とある。ちなみに朴黎鳴は親父だ。まさか自分で歴史書を編纂してたなんて知らなかったし、そんな暇があったのかと驚きすらある。
こんなよくわからないものを書く暇があったら母さんのご機嫌取りでもすれば良いものを。天命礼記とかなんとか書いてたから、夜な夜なひっそりと泣いてる母さんに気が付けないんだ。
母さんの小さな背中を思い出すと親父に怒りが湧いて、いっそこんな本投げ捨ててしまおうかと思ったものの、なんだかんだ気になってしまった。もしかしたらご立派な名前の割にはしょぼい日記かもしれない。親父の弱味みたいなのを見つけたら母さんにも共有してあげよう。
さーて、どんなことが書いてあるのやら。




