【序章2】揺れる列車の最終地点
「待っていたよ若いの。あんたの欲しいものはこれだろう」
僕が声を掛けるまでもなく、老婆は分厚く温かそうな外套を差し出してきた。受け取っても良いものかと若い男性に目配せすると、彼は苦笑いして頬を掻いた。
「受け取ってください。母さんは勘が良くてお客さんが注文する前に品物を用意してしまうんです。お代は定価をしっかりいただきますがね」
「そうでしたか、では…これで足りるでしょうか?」
「ええ、バッチリ。ではこの外套はあなたのものです」
お礼を言って外套を受け取り、羽織ってみると不思議なことに大きさまで文句無しだった。ほつれや虫食いなどもなく、古いものであるはずなのに保存状態は非常に良い。あの女将を信じて良かった、あの値段でこれほどの品質は確かにここでしか買えないだろう。
「あんたの旅路が安全であることを願ってるよ」
「では達者で」
律儀に手を振って見送ってくれる彼らに軽くお辞儀をして大通りに出る。地図通りに進めばもうそろそろ駅が見えてもいいはずなんだけども…
あ、あったあった。いやぁ、にしても駅というのはでっかいんだなぁ…いけない、これでは田舎者丸出しだ。鉄道に乗るのは初めてだが、気を引き締めて堂々としなければ。
改札を通り抜けて荷物の検査をしている間に駅員に身分証の提示を求められる。今回、僕は軍役で辺境に行くため、国境を越えるのと同じぐらい厳重な検査を必要とするのだ。
もう少し近場ならこんな面倒なことはしなくても良かったんだけどなぁ…
「朴・久藍さん、軍役ご苦労さまです。どうぞお進みください」
「はい、ありがとうございます」
僕が軍役を果たしに出かけるのだと知るとわかりやすく丁寧になったなこの駅員。まあ仕方がないかもしれない。この国は異民族の侵略とは切っても切り離せない運命があるから、自分たちの生活を守る軍に敬意を抱くのも当然の話だ。
子どもたちに聞かせる歴史の童話には、平和と民衆の安寧を望んだ皇帝に天がその皇帝の徳の高さを褒め称え、礼として特殊な力を持つ天与礼者を遣わしたとある。しかし戦火に巻き込まれる運命をもついでとばかりにこの国に結びつけてしまったのだ。そのためにこの莉国は辺境にそれぞれ基地を置き、外部からの侵略に備えなければならないという訳である。
ま、所詮は子供に聞かせるようなおとぎ話や、まやかしの類ではあるだろうけども、寝る前の不思議な話が子供らに与える憧れは絶大だ。うちの親父はそんな話してくれなかったけども。
そんなことを考えているうちに列車は唸りを上げて走り出した。列車の走るゴウンゴウンという音で車内の音はすべてかき消される。これじゃいつ降りるかのアナウンスも聞こえたもんじゃないな。まあどうせ降りるのは終点だから気にすることはないけど。
極寒の地落火地方。赤い血と白い雪が交互に重なり合うその地で僕に何ができるというんだろう。礼物も、聡明な頭脳もなく、急遽訓練してつけた中途半端な力しか持たない僕が。
ずっと感じていた揺れが収まり、車掌が僕を揺すり起こした。あんなにうるさかったにも関わらず、いつの間にかすっかり眠りこけていたらしい。
「お客さん、もう終点ですよ」
そう声を掛けられてようやく自身の状況を把握し、焦りながら荷物をまとめる。すでに他の乗客の姿は無い上に、窓の外は薄暗くなっている。
旅行鞄とその他諸々の荷物を抱えて駅を出る頃には陽が落ちて、吐いた息が暗い空を白く濁らせた。実はこの時間になることは予定通りなのですでに宿を取ってある。なんせここまで列車で9時間はゆうにかかるからな、いっそ思うが夜行列車じゃないのが不思議なくらいだ。
駅から大きな荷物を半ば引きずるようにして取っていた宿屋の前にたどり着く。温かそうな提灯をぶら下げている店を見た瞬間、安堵から浅い息を吐いた。幸いなことに雪は降っていなかったがあたりは暗く、もう少し迷っていたとしたら、道のど真ん中で倒れて朝日を迎えていたかもしれない。いや、朝を迎えられない可能性だってある。いまですら手袋をつけていない手は赤くかじんでいてジクジクと痛む。外套を買っておいて本当に良かった、これがなかったら本当に死を覚悟していたかもしれない。




