【第二章6】含みのある手紙
本館に戻る頃には日は落ちていて、日中は日光で僅かではあれども温められていた執務室は、今やすっかり冷え切っていた。中将は内線で執務室の床暖房を入れるように伝えたあとは、じわじわと足元から温まっていく。じんわりと温かさに体がほぐれていく感覚にまぶたが落ちてしまいそうになるのを耐えながら、机の上に重なっている書類に立ち向かうためにペンを取った。
前任が残した大量の贈り物たちだが、とても一日二日で終わるような量ではなかった。さもありなん、と言うべきだろうか。4,5年に渡って貯めていた物をどうやって一日で終わらせられるかむしろ教えてほしいぐらいだ。
もちろんやるべきことはそれだけには留まらない。贈り物の処理に伴って引き継ぎの書類の更新もしなければいけない。
中将付きの監査官と言っても特に取り上げてやることもないし、夕食までは少し時間がある。そのおかげで書類の山をほんの少し削ることができた。
だがまぁよくこんな人の神経を逆撫でする書類ができるものだと感心してしまう。文面に感情が出ることは無いはずなのだが、いちいち文が人を小馬鹿にするような言い回しをしている。当然このまま提出など天地がひっくり返っても不可能なので、必然的に最初から新しく書き直す必要がある。もう一枚にかける時間で本が一冊読めるんじゃないか?
量の多さ、性格の悪さ。この両方に青筋を立てていた僕に中将は気を使ってくれたのか、夕食後はもう休んでいいと言ってくれた。
ありがたくその気遣いを受け取り、食堂に向かうと、二つある受け取り口のうち一つに良然が並んでいるのに気がついた。
「良然、中将の側についていなくてもいいんですか?」
「中将の分の食事を取りに来たんだよ。あとこっちは天与礼者用の受け取り口だからお前は隣に並べ」
「わかりました。そうだ、僕も手伝いましょうか」
「お坊ちゃんに任せたらひっくり返しちまうんじぇねぇの」
「失礼な」
毎度毎度どうして皮肉がこうも尽きないものなのか。呆れるというか、むしろ感心すると言うか。こいつはきっと口から先に生まれて皮肉を覚えたに違いない。
夕食を食べたあと、僕は自室に戻り暖房に火を入れた。部屋の照明とは別の光がゆらゆらと部屋に陽炎を作り出す。ここまでの廊下で冷えてしまった指先を温めているとだんだん感覚が戻ってくる。
さすがは落火というか、名を体現したこの地は屋内でも指先がかじかんでしまうような寒さを誇っている。特に夜は屋内でも外套が手放せない。火を入れても尚、部屋の隅々まで熱が行き渡っているとは思えないのだから相当なものだ。
布越しに感じる椅子の冷たさに辟易しながら便箋とインクを取り出す。送る相手はもちろん薬屋を営む若旦那の輝静さんだ。彼は僕より七歳ほどしか違わないのだが、小さい頃からよく面倒を見てくれた。彼は僕を弟とでも思っていたんだろうが、僕からしたら父親代わりのような人だ。だからこそ碌な挨拶もできずに落火に来てしまったのが気がかりだった。
ふむ…書き出しはどうしようか。ま、そんなかしこまらずともいいか。
『落火からこんにちは。こっちはかなり寒く、気温だけなら故郷の夕崢が懐かしいです。
前置きはさて置き、輝静さんとの約束を守れなかったのは本当に申し訳ないです。約束を反故にしてしまった身でこんな事を言うのは気が引けるんですが、輝静さんにも利がある話なので続けますね。
僕がいま従軍している基地ですが、立地の関係で薬などの物資が届きにくい状態です。輝静さんなら商機を見いだせるのでは?
つまり、あっぴろげに言えば輝静さんに少し助けてもらえないかと思っています。輝静さんの店で作っている薬を軍でも使っているとなれば、薬の信憑性も知名度も上がるでしょう。さらに言えばこの基地にはかの有名な残方中将がいらっしゃいますからね。こう言ってはなんですが、利用しない手は無いでしょう?
嬉しい返事を待っています。そっちも温かい地域だからと気を抜かずに、防寒対策はしてくださいね。母にも無理をしすぎないようにと伝えてください』
こんなもんかな。あの人は筆が早いけど多忙だから、早めの手紙の返信は期待できないかもしれないけど。
…やっぱ初めて出す手紙がこれだけじゃちょっと寂しいかな?そうだ、母さんにも手紙を書いておこう。じゃなきゃ拗ねられてしまう。




