【第二章5】この案は却下されました
僕が、知り合いを頼って医薬品の援助ができるかもしれないと提案を口にすると、中将は難しい顔をして顎に手を当て考え始めた。
「ありがたい話だが、民間人を巻き込むわけには…」
「だけどこんな話めったにねぇぞ、今逃したらここにいるやつが死んじまうかもしれねぇ」
「今危篤な人はいません!縁起でもないことを言わないでください!」
「でも今は大丈夫かもしれねぇけど、いつまた北鰐が襲来してくるかわからねぇんだぞ。備えあれば憂い無しなんだろ?いつも中将が言ってることじゃねぇか」
「でも…!」
香風は唇を噛み締めて少し俯く。言い返したくとも言い返せない様子から何かしら心当たりがあったのかもしれない。
「それに、いざとなったら軍の配給以外にも頼れる先があるに越したことはないかと。雪で道が塞がってしまったら配給が止まってしまうことも考えられますから」
僕と良然がここまで言っても中将はなおも渋る。なにか気がかりなことがあるのか、頷きたくても頷けないと言った様子だ。
「中将、僕は誓って決して貸しを作りたいだとか、例えば下心があるわけではありません。ここにいる以上は監査官として、貴方がたの仲間として僕ができることをしたいだけです」
言い終わったあとに少しの間が空き、一巡。その間、時計の針が静かな部屋でチクタクと精確に鳴り響く。中将はため息を付いたあと、億劫そうに指を二本立てた。
「儂がためらう理由は二つある。一つは情報管理と安全面。ここは基地という特性上どうしても機密情報を扱う必要性が出てくる、そのため不特定多数の民間人が来ることは避けたい。それに北鰐が襲来してくる危険性もある。守るべき民間人を危険晒すことは絶対にあってはならない」
確かに、僕からしたら信頼の置ける人たちでも、見ず知らずの中将たちからしたらどこに情報を流してしまうかもしれない不確定要素を背負っているのだ。
…信用するのは難しいだろう。
「もう一つは我々が天与礼者だということ。監査員殿にもすでに説明したが、軍での我々の地位は低い。そこへ手助けをするものが現れたらどんなことになるのか、正直全く予想がつかない。我々の、引いては軍の事情に、ただの民間人を巻き込むわけにはいかん」
ずっしりと重い空気が皆の口を閉ざす。医療品を配給外で仕入れるというだけの事に、こんなにも障害があるとは思ってもいなかった。
「だから、すまんが監査員殿の提案は嬉しいが、儂らから協力を要請することはできん」
「いえ、お気になさらないでください。僕が中将の立場の複雑さを理解しきれていなかっただけです。無理を言ってしまい申し訳ございません」
「そんなことはない、儂らのことを考えてのことだからじゃろう。嬉しいよ」
「ありがとうございます」
…と、まぁしおらしくしたさ。なんせ新参者だからな僕は。まぁ表面上だけだがな!老舗の薬屋にも恩はあるし、軍にも商品を卸しているとなったら宣伝の幅が広がる。もちろん利益があるのは薬屋だけじゃない、椿苑基地もだ。
見たところ救護室の薬が置かれている棚はスカスカだ。悪く言っているつもりはない、本当にスカスカなのだ。あんな悲しい薬棚があってたまるか。見ろあの古いながらもしっかりとした薬棚!なのにすっからかんだなんてあの棚も泣いているぞ!
だからまぁ、こっそり手紙を送る。そうでなくても彼には近況報告等をしなくてはいけない。何と言っても、ろくに家に帰りもしなかった親父の代わりのような男だったから、きっと本当の父親よりも心配しているに違いない。もし僕からの連絡がなにもないと向こうから勝手に本1冊分の手紙が送られてくるだろう
「さぁ、儂らは御暇しよう。くれぐれも医者の不養生にはなるなよ、小白」
「ご心配ありがとうございます中将様、中将様も無理はなさらないでくださいね。それと、朴さん、先程の提案とても嬉しかったです。またぜひいらしてくださいね」
「はい、またお会いしましょう」
「白姐、俺は?俺にはなんかないの!?」
「はいはい、良然さんもまたいらっしゃいな」
わがままな弟を見るような眼差しで仕方がなさそうに微笑む白姐と良然は本物の兄弟のように見えた。それが、どうしても眩しくて仕方がなくて思わず目を細めてしまった。
…しかし白姐に逆らわないほうがいい理由は結局わからずじまいだったな。言うことを聞かなかったら治療してもらえないとかか?




