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【第二章3】清潔な空間、鼻を抜ける薬の香り

 それにしても前任の監査員は随分適当なやつだったらしい。本来、僕が読んでおくべき引き継ぎの書類すら無いことから薄々察していたが、やはり監査員としてやるべき仕事すらもまともに終わらせてはいなかった。

そのせいで僕は6年前の前任の、また前任の監査員の引き継ぎ用の書類を読む羽目になったがな…!かなり昔のことだから今と勝手が違うのはもちろん、保存方法もぞんざいで、折れ目やよくわからないシミ、虫食い黄ばみ!読みづらいことこの上ないし何より汚い!一緒に探してくれた隊員も引いていたし、確認してもらうために中将に見てもらった時は率直に「汚いな」だとさ!絶対に許さんぞ前任!

 …まあ、こんな状況だから前任がやっていない仕事も遡って終わらせ、漏れが無いかどうか調べるだけでも半日を費やした。本来なら不必要な作業だったが!


「中将、白姐が呼んでるってよ」


僕が書類と睨み合っていると、本当に突拍子もなく良然がそう言った。誰かの声が聞こえた訳でもないし、内線を使った様子もない。どうしてそんなことが言えるのかと訝しんでいると中将がのっそりと立ち上がった。


「どれ、もうそんな時間か。監査員殿もどうだ、長時間座っていては体の節々が痛むだろう。運動がてら着いてくるか」

「え、来なくていいだろ別に。治すだけだぜ」

「監査員殿も知っておいたほうがいいだろう、怪我したときとかな」

「僕も行ってもいいなら是非」

「構わん構わん、病棟にいる奴らは監査員殿の顔も知らんじゃろうから丁度いい、ちらっと顔合わせしよう」

「はい」


これ以上前任の穴を埋めていたらペンをへし折ってしまいそうな気がしたため、中将の誘いに飛び乗った。それぐらい頭にくるということをどうか理解して欲しい。それに良然が「女医の白姐だけは敵に回すな」と言うような人物も気になる。


 中将の後をついていくと白く清潔なせっけんの香りと薬の匂いが交じる部屋に着いた。良然は薬の匂いが苦手なのか顔をクシャクシャにしている。


「小白、儂は時間通りに来れたかの?」

「あ、中将様!時間ぴったりです!こちらの席にどうぞ!」


小白、と呼ばれた女性は黒い髪の毛を団子結びにした色白で、小柄な人だった。ぱっと顔を明るくして早足でこちらに来る姿を見ると、確かに小兎と呼ばれるのもわかる。


「中将様ようやくこの傷を治す決心がついたのですね、白は嬉しいです。そちらは新しい監査員さん?はじめまして。あらまぁ良然も来たの?珍しいのね。さぁさぁ中将様、こちらへいらしてください」


そう言って白姐は中将の右手を握ってゆっくりと歩き始めた。時折「左側にゴミ箱がある、椅子がある」などといって、中将が左側が見えないが為に転んでしまわないように補助していた。中将は至って慣れた様子で「あぁ」と相槌を打って白姐に手を引かれるまま進んでいく。なんだか孫と祖父のように見えるのは、中将の白姐を見る目がどこまでも優しく慈愛に満ちているからなのかもしれない。

  僕は隣で今にもくしゃみをしそうな良然を肘でつつくと、出かけたくしゃみの邪魔をされた良然はイライラとした顔で僕を睨むが、わざと気づかないふりをして前方の二人と小さく指差す。


「あの二人血縁関係あるんです?」

「ぁ゙ぁ゙?ねぇよ、白姐は中将が育てたっつうのは聞いたけど」


なるほど。だから眼の前の二人が本当の親子のように見えるのか。たしかに中将に育てられたと言うのなら実の娘のように中将を気遣うだろう。


「中将様、こちらへお越しいただくのは本当に久しぶりではございませんか?他の方から、中将様が怪我をなされても無理を押し通そうとすると聞いて、白は大変心配していたんですよ」

「なぁに、心配することはない。儂はこの通りピンピンしておるだろう?」

「ですがなんど診療に来てほしいと言ってもお断りなさるし、こちらから出向いても、大丈夫だと煙に巻くではありませんか。白は自分の目で確認するまでは安心できません」

「悪かったな、ここのところ忙しかったからあんまり顔も見せれんで。これからはちょくちょく顔を出そう」

「是非、お願いしますね」


中将はにこやかに談笑をしながら白姐に手を引かれるままに診察台に腰掛けた。白姐は差し出された中将の左腕を捲り上げると、中途半端に処置された火傷のような赤い引き攣れが縦に一線走っていた。

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