【第二章2】使いっ走り
「監査員殿よ、書類の確認は終わったかの?」
僕の手が止まったのに気がついたのだろう、中将が首を傾げて問いかけてきた。僕は首を振って最後の書類に署名捺印をする。
「今終わりました。最後の書類は1ヶ月近く前のものですが、書類漏れはございませんか?」
「あぁ、それで良い。気味の悪いことにあれ以来まったく音沙汰がないんだ。」
「来ねぇに越したこたァねぇよ。だろ?」
「一理ある、が、にしても不自然だ。よく言うであろう、ほら嵐の前の…」
「静けさァ?わからないでもねぇけど、心配しすぎじゃねぇの」
「今まで2週間に一回は偵察か侵入者がいたのにそれすらピタリと止まってしもうた。あくまで儂の勘に過ぎんからなんとも言えぬが、嫌な気配がする」
「まぁ、中将の勘はよく当たるけどよ…でもこないだみたいな中将の不在を狙った放火はそうそう起きねぇだろうし、やられっぱなしってわけじゃねぇだろ?心配しすぎじゃねぇか?」
中将は机の上で組んだ自身の手を見下ろしため息を付いた。
「はぁ…考えすぎか。全くもってそれに限る。儂の勘が外れてくれれば万々歳なんじゃがな」
「こちらの、9月5日の襲撃は中将様の不在を狙ったのですか?一体どこからそんな情報が…」
「たまたま中将がいなかったんだよ。その前の侵入者の記憶から基地の記憶は全部上書きしてるから諜報員が情報すっぱ抜いたってのはねぇぞ。ここ、蘭慶の名前あんだろ」
良然は机によりかかり8月31日の書類の一文を指さした。そこには確かに蘭慶の名前があった。
「あいつは情報管理部だからな、こういう侵入者の記憶を書きかえんだよ」
「へぇ、天与礼者って何でもありなんですね…なんだか気持ち悪いですね、こんな素直に教えてもらえるとは思っていませんでしたよ」
「はぁ!?喧嘩売ってんのかお前!俺はお前の教育係だから教えることは教えなきゃいけねぇんだよ!」
「はいはい、わかりましたからそんなギャンギャン騒がないでくださいよ」
「誰のせいで!」
「良然」
中将の静かな声が良然を呼ぶとピタリと動きも声も止まった。
「小白のところに行きなさい。薬をもらってくる時間帯だろう」
「…かしこまりィ〜」
バタンと扉が閉められ、一瞬だけ入ってきた冷気は足元にまとわりついて逃げ場をなくした。
「監査員殿もあまり煽らないように」
「失礼しました、以後気を付けます」
ちょっとふざけすぎた。
その後は主に予算の決済や来月の予算分配、医薬品の残っている量の確認や建物の状態の検査の報告書など、中将が終わらせた書類の全てに監査員として目を通し、署名捺印を押していった。
正直、完璧にまとめられている書類を見て僕の存在意義を疑った。僕は…本当に必要なのだろうか?いや別にいらないでしょ?だって名前書いてハンコ押す過程なんていらな…いやでも!でもだぞ!?世に聞く著名人たちはドコドコの丸々に寄付をしただのなんだの自慢している、つまりはだ!僕も自分のかすかなコネぐらいは使えるんじゃないかな!?
…なんか、虚しくなってくるな。コネとか。僕の力じゃなくて朴の力じゃないか。なーんてねハハッ…いや、別に僻みとかではないのだが、ただただ署名をするだけが仕事なのだと思うと、しょうもない虚無感に襲われる。
「中将、もらってきたぞ。こっちが今までの薬と、今日の午後治療するってさ。時間忘れて白姐を怒らせんなよ」
突然ノックもなしに良然が処方箋を片手にひらひらとさせながら入ってきた。中将は顔をあげて薬を見ると頬を緩ませてそれを受け取る。
「戻ってきたか、手間を掛けたな。なら小白に返事を」
「勘弁してくれよ、そんくらい白姐も分かってんだろ」
「むぅ、少しくらい老いぼれの暇つぶしに付き合っても良いじゃろうに」
「都合の良いときに老いぼれのふりするジジィは老いぼれじゃねぇぞ」
「やかましい、お前の給料を予算に回すぞ」
「あー職権乱用っつぅんだぜそういうの。で、どれどれ?お坊っちゃんはちゃんと仕事してんの?キリキリ働けよー」
中将とさっきまで話していたはずなのに、突然僕の机の前に気だるげに寄りかかって書類を何枚か奪っていった。僕がそれを奪い返すと良然はむっと睨んできたので負けてたまるかと睨み返す。
「返しなさい、あとうるさいですよ」
「けっ、俺はお前の先輩なんだぜ?そんな態度いいと思ってんのか」
「僕は監査員ですけど?」
「おま、それは卑怯だろ」
「どの口が言ってるんですか」
「へっ」
良然はやけにあっさりと引っ込んでいく。なんなんだ。
僕の困惑をよそに良然は椅子に腰掛けて近くの本棚から手当たり次第に適当な本を読み始めた。まあ別に大したことも無いんだろうと僕も再び目の前の書類に手を付けた。




