【第一章9】乾杯
「冗談です。まぁ後で良然にしっかり謝らせますからご安心を」
「はぁ…」
「信じていませんか?」
「どこまでが冗談かよくわからないですね」
「残念です。俺の冗談のセンスが落ちたようですね。お詫びに3つまで質問を受け付けますよ。ご安心を、誠実に返させていただきますとも」
「えー…じゃあ僕と良然だけ大皿から料理を取ってはいけない理由は?僕はともかく、良然も駄目なんですか?」
「駄目ですね。朴さんも食堂で食事を受け取る際、しっかりと小母さんに薬無しの食事をもらってください。俺らが食べるものは薬が入っているので、良然や朴さんが食べてしまうとよくありませんから」
「薬?大丈夫なんですかそれ、体に悪影響とか…」
「悪影響はありますが、さもありなん、と言ったところです。上層部の中でも特に莫迦な…いえ、頭の硬い連中が指示したことなので。あ、ちなみに薬は端的に言えば去勢に似たような効果を持ちます。男はタネなし、女は子を成せなくなりますね。そういえば、女性隊員は定期的な痛みがなくなってむしろ楽だと言っていましたが…流石にまるきり本心では無いでしょう」
凍りついて返す言葉もなくした僕をよそに、蘭慶は酔いが回り始めたのかよく喋る。時折他の隊員にも同意を求めて、相手が苦い顔をするも蘭慶は構うことなく話し続けた。
「まあこの扱いを受けるのも軍の天与礼者だけですから朴さんはご存じないでしょうね。ですから間違っても「玉なし野郎」とか言ってやらないでくださいね。見た目は厳つい野郎でも心は小兎みたいな野郎どもなので」
「誰が小兎だって?お前だって玉なし小兎ってのは同じだろうが!」
「玉はあるぞ!」
「バカ、玉もだろ!」
蘭慶の言葉に反応して何人かが野次を飛ばす。どうやらここでは鉄板の冗談らしい。下の話をし始めた男性に女性らが顔を顰めつつも笑ったりしている。
「おや、朴さんどうされましたか。顔色が優れませんね」
「あ、あぁいえ、大丈夫です」
口を抑えていると蘭慶が目を細めて心配する素振りを見せる。僕はズレたメガネを押し上げてなんとか笑って手を振って誤魔化した。
しかしそれでは誤魔化されてはくれず、彼は手に持っていたグラスを机に戻して体ごとこちらを向いた。
「さて、それはどうでしょうか。今にも胃の中身をすべてゲロってしまいそうな顔色の悪さですが…初日ですし色々あって疲れたのでは?」
「そうかも知れません、僕は先に下がらせていただきます」
「そうですか、では橙恩に送ってもらうように頼みましょうか」
「それには及びません、せっかくの宴に、水を差すわけにはいきませんから…」
「どうせもうすぐ開きになるでしょうからお構いなく。今にも死にそうな人を放って置くほど俺は薄情ではないです。橙恩!朴さんを送ってあげてください」
「あらら、飲みすぎちゃった感じ?立てそうなら私の肩貸せるけど〜…」
「立てます…」
こんなに賑やかな宴でも相変わらず飄々として酒の匂いすら感じない橙恩の肩を借りながら食堂を出る。廊下の冷たい空気を吸うと幾分か胸焼けが収まりやっとまともな呼吸ができた。
「さ、朴のお坊ちゃんならもう分かったと思うけど、この世界では天与礼者は人間の土俵に立てない。ここで朴のお坊ちゃんに問題です」
一定の速度で歩いていた橙恩がピタリと足を止めて僕の顔を横目で見る。宴会の時までは柔らかな雰囲気からは一変して、月の光を受けるその顔は非情と言うにふさわしく、寒さとは違う何かが背筋を這い回った。
「人間と天与礼者はなにが違う?」
「天与礼者には、能力が」
「なら能力がないから人間扱いはできない、管理すべき…と言いたい?」
僕が言い終わるよりも先に橙恩は答えを補完した。咄嗟に否定しようと口を開いたが、それを遮るように橙恩は満足げに口角をあげて頷いた。
「あぁ、お坊ちゃまのお父様と同じ答えだ。実に人間らしい答えだ」
橙恩は再び歩みを進めた。軽快な足取りだった。
「人間、かんぱーい」




