ネバー・スターティング・ストーリー
俺はスタートに立っている。
そう思っていた──
その小さな町の高校に入学した日、俺の胸はとにかくやりたいことでいっぱいだった。
部活に打ち込み、大好きな本を読みまくり、友達をつくり、彼女も……。
とにかく、その日から俺の充実した三年間が始まる……はずだったのだ。
そして、入学式の行われる講堂へ向かう途中で、俺はあいつに出会った。
あいつは俺に言った。
「お前……また一年生か……スベったな?」
スベった?
留年のことなら「ダブった」だろ。
何を言ってるんだ?
それに俺はダブってなんかいない。
今日、入学したばかりなんだから。
あいつ、芳山健とは同じクラスになった。
そして、そのクラスには堀川祥子がいた。
「おはよう! 佐々木くん!」
堀川は、初めて会ったその日から俺の名前を知っていた。
「いい一年にしようね!」
長い黒髪をなびかせて笑う堀川は、誰もを惹きつける明るさを持った美少女だった。
そして、その一年間は堀川の言った通り、素晴らしい一年になった。
クラスメートたちとの楽しい時間。
夏休み。
文化祭。
体育祭。
年を越して、あっという間の三学期──
その間に、俺と堀川の仲もぐんぐん近づき、公然の関係となった。
ただ、クラスで芳山だけが憂いをたたえた表情を浮かべていた。
そして、明日から春休みというその日、芳山は校門前で別れ際に言った。
「お前はまた、スベることになりそうだな…多分、春休みが明けたらまた一年生に逆戻りだろ」
何言ってんだ? 俺はちゃんと二年生になれるよ。赤点一つ取ってないんだから。
「ちがう。ダブるんじゃないんだよ。スベるんだ。タイムスリップするんだよ」
タイムスリップ?
そんなこと……現実に起こるもんか! なんでそんなことがあり得るんだ!
「堀川がお前を放さないからだ。俺もそうだった……あいつは気の合う仲間や好きな生徒とは、時間を巻き戻してまた同じ一年を過ごすんだ。学校も親も町中も、みんなに気づかせないように同じ時間を繰り返すことが出来るんだ。あいつにはそういう力があるんだよ」
な、何を言ってるんだ? 何の話だよ!
「お前が本当に入学したのは、去年の四月だ。俺たちはもう二年間同じクラスメートだった。気がつかなかったか? 入学式の日、初めて会ったのに堀川はお前の名前を知ってただろ」
……。
「一昨年まで、俺の立場はお前と同じだった。堀川は俺の彼女だった。だが、俺はあることであいつを怒らせた。それから俺は少しずつ記憶を取り戻したんだ。そして今、はっきりわかる。俺はあいつの閉じた時間から解放されたんだ! 永かった……やっと……やっと……俺はここから……この高校から卒業して本当のスタートに立てるんだ!」
じゃあ……俺は……どうなる?
「さあな。あいつがお前に愛想をつかすまで、いつまでも同じ一年を過ごすだろ。あいつが一体いつからこんなことをやっているのか知らないが……まあ、元気でやれや」
堀川がやめない限り、永遠に続く一年間──
俺は自分が立っていたはずのスタートラインに、永遠に縛り付けられているという現実に鳥肌が立った。
歩き去る芳山と入れ違いに、堀川が手を振りながらこちらへ駆けてきた。
「佐々木くん! 一緒に帰ろ!」
俺は堀川の肩越しに芳山の姿を見た。
芳山はこっちを振り返ると、手を振って笑った。
その顔は年老いた老人の顔だった。
完