第19話 アイドルバトルロワイヤル - 開幕 -
「いいか!くれぐれもビタハニのお2人にはお怪我させるんじゃねえぞ!」
『アイドルバトルロワイヤル』のリハーサルに先立ち、セーターを肩から羽織りサングラスとキャップ帽装備という いかにもな見た目のプロデューサーが唾を飛ばしながら怒鳴っている。
当の|Bitter&Honeyは、他の仕事が押してるとかで まだこの場には来ていない。
さっきから このプロデューサーは、ひたすら「ビタハニに怪我をさせるな」「余計なことはするな」をオウムのように繰り返していた。
「やってらんねえよな」
「結局、優勝はビタハニって決まってんだろ?」
リハーサルが終わり楽屋に戻る途中、前を歩くアイドルグループのメンバー達の会話が聞こえてくる。
ビタハニほどでないにしても、彼等もかなりの有名どころ。
「あの2人が歌番組以外で揃うなんて、これくらいだしな」
「ビタハニのために特別に予算組んでるらしいぜ」
そんな言葉を聞きながら、私はため息をついた。
分かってはいたけれど、これは苦賀 綾真と蜜田 巡に花を持たせるためのショー。
さっきの彼等や他の出演者だって、私やシュガソルから見ればとても手の届かないような売れっ子達。
それなのに、更にビタハニは次元が違う。
……そんな雲上の方々に、私はなんという大失態を演じてしまったのであろう。
今更ながら、そこの窓を突き破って飛び降りてしまいたくなった。
「よし、行くぞ!」
しかし そんな私の懊悩など知らず、今日の会場であるドームの廊下では綺羅流が威勢の良い声を出している。
「おうっ」
それに答える、死ぬほど似合っていないジャージ姿の元興。
あんなに仲が悪かった2人が協力しあう姿に、私は感動と共に嫌な予感を感じていた。
そして、私の予感は 大抵悪いほうにばかり当たるのである。
本番まで時間があったので、そっと舞台裾から会場を覗くと、ちょうどお客さんの入場が始まったようだった。
女の子達は苦賀や蜜田のウチワやペンライトを持ち、シート下にはビタハニの横断幕が所狭しと設置される。
この広い会場は、きっとほとんどがビタハニファンで埋まるのだろう。
そんなことを考えていると、何だかお腹と胃が痛くなってきた。
「ビタハニの2人到着だってよ」
そんな私の後ろをテレビ局のスタッフが駆けてゆく。
「それぞれ別のテレビ局から来たんだろ?」
「どんだけ2人で電波占領する気だよ」
その会話を聞きながら、私もそっと舞台裏へと戻った。
「じゃあ、よろしくお願いね~。このイベントの成功は2人にかかってるんだからっ」
フロアでは、あのプロデューサーが自分の子供くらいの年齢であろうビタハニに猫なで声で挨拶していた。
私達へ向けていたゴミを見るような目とは大違いである。
「はい、よろしくお願いします」
愛想よくお辞儀をする蜜田さんの横で欠伸をしていた苦賀が、ふと物陰から覗いていた私へと気がつく。
「よう」
いつも通りの軽い感じで近寄って来られたが、当然こちらは死ぬほど気まずい。
「ど、どうも~」
「今日はライバルだからね、本気できてよ?」
苦賀の後ろから高級ブランドのTシャツを着た蜜田さんも登場し、爽やかに笑いかけてくれた。
その優しさが、今は逆に痛い……。
「ええ、はい」
『アイドルバトルロワイヤル開始まで、残り1時間となりました』
薄ら笑いで返事をする私の耳に、開会のカウントダウンを知らせるアナウンスが聞こえる。
『ビタハニをはじめ、人気者達が大集合。真のスター決定戦!! アイドルバトルロワイヤルはこの後すぐ!』
そもそも、アイドルバトルロワイヤルとは。
歌やダンスや演技、顔立ちや萌え度なんてものまでが採点の対象になり、総合得点で優勝が争われる。
その様子はリアルタイムでテレビや各種配信サービスで放送され、毎年恒例の日本エンタメ業界の一大イベントであると言っても過言ではない。
「じゃ、行ってくる」
「うん、頑張って」
開会式が終わり、最初の企画“歌唱力勝負”に向かう綺羅流と元興の背中を見送りながら、私は小さくため息をついた。
なんとなくイベントはスタートしたが、場違いな私はまだこの華やかな雰囲気に馴染めない。
“歌唱力勝負”は、出場者が誰か分からないようにボックスに入れられて曲を歌い、機械判定とファン・視聴者と専門家の投票ポイントによって勝敗が決められる。
声も分からないようにいじられているので、歌うたびに会場から笑いが起って、これだけでも結構楽しい企画だった。
会場では、エントリーナンバー3番の人物がヘリウム声で津軽海峡冬景色を歌い終わった。
前の2人とは段違いの上手さで、ドームのディスプレイに表示されたポイントは今までの最高得点。
そして、3番のボックスから得意そうな顔で笑顔を振り撒く苦賀 綾真が登場し、会場は更にヒートアップした。
その映像をスクリーンで見ていると、続いても大きな歓声が沸き起こる。
4番ボックスで、女の子の声で森のくまさんを歌うのは苦賀に負けず劣らずの歌うま。
誰もが蜜田 巡だと思ったのだろう、表示されたポイントはぐんぐん上昇してゆく。
そして、姿を現したのは……
『エントリーナンバー4番は、|Sugar&Saltの塩原 元興君でした~!』
元気良く告げた司会の女性タレントとは裏腹に、会場には一瞬の静寂が漂う。
ここにいる観客の99.7%は、元興なんて知らないだろう。
しかし空気を読んで一応は拍手を送る若い子達の姿に、お姉さんは何だか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
その後に現れた本物の蜜田 巡も高得点を叩きだし、メンバーの平均点で計算される“歌唱力勝負”は|Bitter&Honeyの一人勝ちとなった。
続くダンスや演技力対決も同じような結果で、操作などしなくても元 実力の高いビタハニの強さは圧倒的だ。
しかし、まだ ほとんどの人は気づいていない。
シュガソルという地味なグループが、不気味に順位をキープしていることを。
イベントも後半に差し掛かり、会場では“美形度対決”という、なんとも抽象的な勝負が始まっていた。
AI算出の顔の黄金比率ポイントと、ファンと美容外科などからの投票で順位が決まる。
最初に高得点を出したのは、やはりビタハニ。
苦賀は黄金比率とのシンクロ率97%。蜜田さんに至っては ほぼ100%という冗談みたいな結果を残した。
もちろん、投票結果も圧倒的。
こんなの誰も勝てるわけねーじゃんwww
という空気の中、とうとう我がテイスティーズプロモーションの誇るイケメン・佐藤 綺羅流は登場した。