第17話 捕らぬ狸のなんとやら
時は、数時間前に遡る。
私は決心した。
苦賀 綾真と蜜田 巡が私に好意を抱いているのは疑いようがない。
そりゃ、正直あんな超人気者2人に好きになられたら嬉しくない訳がない。
でも、トップアイドルである彼等が私を取り合って仲違いしてしまうなんて……絶対にダメだ。
惜しむ気持ちもあるけれ、ここで私が身を引けば、誰も傷つかない。
「お二人は先にお着きになっています」
そんな思いを抱き締めて この間と同じレストランのドアを私はくぐった。
案内されたのは前回よりも更にVIPルームで、無駄に分厚い扉の前で立ち止まる。
この先に、2人がいる。
私のことで喧嘩なんてしてないだろうか。
どちらも選べないと言ったら、きっとガッカリさせてしまうだろうな。
そんな胸の痛みを感じつつ、大きく息を吸って。
「わ、私、2人とはつきあえません!!」
ありったけの勇気を振り絞って、ドアを開けながら そう叫んだのだ。
「え?」
そこで見たのは……。
ソファの上で手を握り、お互いの顔を近づけたビタハニ2人の姿だった。
「え?」
「は?」
3人で言葉もなく見つめ合ったのは、どれくらいの時間だったろうか。
「えーと。あの、これって」
とりあえず最初に口を開いたのは私。
「あっ」
そこで やっと自分達の状況に気づいたようで、蜜田 巡が慌てて苦賀と絡めていた手を振りほどく。
「いや、お前は知ってるだろ? 俺達のこと」
それとは対照的に、こちらに向き直った苦賀 綾真は かったるそうに言い放つ。
さも当然のことのように。
「…………」
そこまできて、ようやく私はある可能性に思い至った。
「え、2人って。まさか……」
曖昧な問いかけに、彼等は顔を見合わせる。
「はああっ?!」
今度こそ綺麗に3人の声が宙で重なった。
驚きの声を上げる苦賀・蜜田と、あまりの事態にふらつく私。
正直、ほとんど その時の記憶はないのだが……。
事の顛末はこうである。
「だ、だって、綾真が三輪さんに依頼したんじゃないの? いつもみたいにカモフラージュの彼女役やってくれる人」
戸惑った様子で隣に尋ねる蜜田を、苦賀は不機嫌そうに見返す。
「は? お前が、こいつに頼んだんだろ?」
「違うよ。綾真が三輪さんに仕事斡旋したって聞いて。てっきり嘘のデートのお礼かと」
「だから、お前が先にそれ頼んでたんだろ?」
目の前で言い合いを始める2人を前に、混乱を極める頭で私は元々の始まりを思い出していた。
「そ、そうです。私は蜜田さんから『仲直りしたがってるアイドルがいる』みたいに言われて協力することに……」
その時は、確か友達の話という風に言っていたが。
「何の話だよ、それ」
苦賀の尖った声に、何かを思い出すような仕草をした蜜田さんは
「ああ、アバフレのことだよ。あの2人、最近ギクシャクしてるって言ってたから」
呆気なく答えた。
アバフレことアバウトアフレンズは、アイドルバトルロワイヤルにも出場する人気男性アイドルユニットのこと。
……いや、本当に友達の話だったんかい。
「他のグループのことに首突っ込むなよ」
「だって」
そんな真相が分かり、壮大なボタンの掛け違いがあったらしいことに気づいた私は顔面蒼白となった。
その間にも、2人の会話は続く。
「大体、お前が何でこいつをしつこく食事に誘ってんだよ」
「……《《そういう》》役はいつも綾真だから、たまには僕が」
「お前はクリーンなイメージなんだから、そういうのは俺に任せておけばいいんだよ」
「それでバッシングされるのは、いつも綾真じゃん」
そんな痴話喧嘩のような やり取りが繰り広げる中に、私は勇気を出して割り込む。
「あ、あの。確認なんだけど。……2人は、デキてるってことでいい、の?」
薄笑いで下世話なことを聞く私に、苦賀と蜜田はお互いを見あう。
「まあ」
ちょっと視線を逸らしながら答える苦賀 綾真と、俯く蜜田 巡。
……生々しいわ。
「そ、それじゃ……、仲が悪いって言われてるのは」
「こいつが、関係が世間にバレるのは拙いって言うから。外じゃ素っ気ないかんじに演技してる」
「最近は会話もしないっていうのは……」
「あー。一緒に暮らし始めると、特に話す話題も無くなるんだよね」
苦賀と蜜田さんが交互に語る言葉によどみはない。
まるで、惚気を聞かされているような私は意識が遠のきかけた。
そして。それならば重大でとんでもない やらかしをしてしまったことに、薄々《うすうす》私は気づき始めていた。
「……あの、だから。勘違いさせちゃってたなら、本当にごめん」
蜜田さんに心の底から申し訳なさそうに謝られ、体中から血の気が引いた。
そう、何を隠そう私は先ほど堂々と宣言してしまったのだ。
『2人とはつきあえません!!』
などと。
自意識過剰、勘違い女、とんだ阿呆……。
そんな言葉が頭の中で渦巻いて、恥ずかしさのあまり今なら死んでしまえそうだった。
「な、なに言ってるんですか~。あれは……ただの冗談でぇ」
なけなしの作り笑いで言ってみたが、残るのは虚しさばかり。
そんな誤魔化しが通用するとは自分とて思っていないが、ここで何も言わないと気まずさでどうにかなってしまいそうだった。
「あ、そ、そうだよね」
「あんなの冗談に決まってるだろ」
必死に取り成してくれようとする蜜田さんと、あの傍若無人な苦賀にまで気を遣われてしまう始末。
あぁ、穴があったら入りたい!
「そうですよ~。もう、やだな~」
「だ、だよね、ごめんね」
誰もが本当のことを分かっているのに、上辺だけ取り繕った空虚な時間が流れてゆく。
その状況は……控えめにいって地獄だった。
これが、私が体験した人生最大の赤っ恥事件の全容である。