第16話 i am the heroine
「知ってる? 今度ビタハニの2人で映画やるんだって」
「うん」
里菜からスマホを目の前に差し出されても、答える私は上の空。
「しかもハリウッド制作だって。すごくない?」
「うん」
「もうすぐアイドルバトルロワイヤルもあるし、ほんとビタハニファンは忙しいわー」
「うん」
いつも通りの放課後の教室。
けれど私の心は全くここにあらずといったところだった。
「……でもさあ」
しかし、急にトーンの落ちた里菜の声に、さすがに少し視線を上げる。
「なんか、噂あるんだよね」
「噂?」
「この映画を撮り終わったら、ビタハニが解散するって」
そんな言葉に思わず衝撃を受けた。
「解散て……どうして」
冷静さを装って尋ねれば、里菜は顔をしかめる。
「そりゃ、綾真君と巡君の関係がもうダメになっちゃってことじゃない?」
その返答は、世間の誰もが思ってるのと同じだろう。
「2人とも十分ソロでやってけるし。最近じゃ2人が会話してるのも見たことないし。一緒にいるのがそんなに嫌なら……ファンも何も言えないっしょ」
悲しそうな言葉に、私は一昨日の彼等の様子を思い出す。
一緒にいるのに会話もせず、最後は言い合いにまでなってしまった。
確かに、そんな相手とパートナーでいるのは無理なのかもしれない。
「でも今までだって不仲説はあったんでしょ? なんで今?」
窺うように聞くと、目の前の里菜は今度こそ本当に不機嫌な顔となる。
「それがさ。2人の仲が決定的に悪くなった理由が、同じ女を取り合ってるからって話があんの」
その言葉に、心臓をギュッと掴まれたような感覚に襲われた。
「そ、そんなの、聞いたことないけど」
「まだSNSでファンが言ってるだけだから。でも2人が女をめぐって口論してるの聞いたとか、3人で話し合いしてる場面を見た、とか」
身に覚えがあるだけに、私の背中には冷たい汗が一筋流れる。
「それが本当なら、マジその女死んでくれってかんじだわ」
言い捨てる里菜からそっと視線を逸らした私は、鞄の中で点滅しているスマホに気がついた。
取り出すと、そこには苦賀 綾真と蜜田 巡からのメッセージ。
例の映画の出演についての催促や、食事に行こうと誘ってくれる文面。
……私は、そろそろ きちんと決断をしなければならなかった。
「そういえば、最近まろんはどうよ?」
ついでのように尋ねてくれた里菜に背中を向けたまま、私はスマホを入力する。
「……うん。ちゃんと答えを出す」
「は?」
意味が分からないという感じの彼女の声を聞きながら、この指は思い切ってメッセージを送信した。
『会って話したいです。3人で』
「あれ、まろんじゃん」
その日の夜。テイスティーズプロモーションの事務所に着くと、驚いた顔の綺羅流が私を出迎えた。
「え、三輪さん?」
その声を聞いた元興も部屋の奥から顔を覗かせる。
どうやら社長や百地さんは留守らしく、いるのは|Sugar&Saltの2人だけのようだ。
「来るの遅くなっちゃた」
玄関でスニーカーを脱ぎながら言うと、何故か2人は複雑そうに顔を見合わせた。
普段はお互い近寄りすらしないのに珍しい。
「……聞いたよ、ビタハニの映画に出演するって」
すると、ちょっとだけ気まずそうに元興が言った。
「え、どうして」
その話を知っている?
「昼間、ビタハニの事務所からうちの社長に連絡があって」
「あ、ああ」
言われてみれば、確かにそれは当たり前のこと。
世の中はうちの事務所のように口約束やノリだけで仕事をしている企業ばかりではないのだ。
「何だよ、内緒にしやがって」
綺羅流から拗ねたように言われて、つい私は身構えた。
こんな大切なことを黙っていたのだから、2人から責められても仕方ない……。
だが。
「頑張って」
元興から かけられた声は穏やかなものだった。
「え?」
その隣では、綺羅流までが腕を組みながら頷いている。
「あの」
「スパイシーズが休止になるのは残念だけど」
「こんなすげーチャンス二度とないだろうしな」
微笑む彼等が言っていることが理解できない私だったが。
「応援してるからよ」
綺羅流の一言で、ハッと2人を見つめた。
それは、私がこのザ・スパイシーズを裏切って向こうの仕事に行くのを許してくれるということ。
「そ、それは」
「別に気にするなって」
「そうそう。これが永遠の別れじゃないんだから」
説明をしたい私を綺羅流と元興が遮る。
「いや、そうじゃなくて」
「まあ、元々は2人組だった訳だし」
「お前が戻ってくる頃には、もっとビッグになっててやるからよ」
わざとらしく元気な声を出す2人。
けれど、そんな優しさに思わず私は叫んでいた。
「違うのっ。私、映画の話は断ってきたの!」
そう言い切ると、目の前には ぽかんとした表情の綺羅流と元興。
「……はああっ?」
我に返ると、彼等は順々 私に詰め寄ってきた。
「なに考えてるの? ハリウッドに出られるんだよっ?」
「馬鹿かよ、お前!」
そんな詰問に、私はゆっくり首を振る。
「だ、だってね。そのオーディションの日って、ザ・スパイシーズのツアーの初日だったの」
そう告げると、綺羅流と元興の表情はハッとしたものに変わった。
「え、それって……」
立ち尽くすシュガソルの2人と静かに俯く私。
傍からは、きっと感動的なシーンに見えるかもしれない。
……でも。
言えない。
本当のことなんて、絶対に言えるはずがなかった……!