第14話 アルミ缶の上にあるミカン
翌日は『学園ジャッジメント☆レオ』の収録だった。
『今年もアイドルバトルロワイヤルの参加グループが発表され、|Bitter&Honeyをはじめ、アバウトアフレンズ、Orange on the aluminum、愛=$など超豪華アイドル達が……』
スタジオに置かれたテレビが、例のイベントをワイドショーで嬉々《きき》と伝えていた。
紹介されたのは誰でも知るビッグネームばかり。(ザ・スパイシーズの名前は当然省略された)
そんな中に自分達は土足で乗り込んでゆくのかと思うと、嬉しいを通り越して恐ろしい。
「あ、三輪さん」
廊下をトボトボ歩いていた私に背中から声がかかった。
誰だよ。
無言で振り返った先には
「おはよう」
今日も可憐な蜜田 巡が立っていた。
「あ、おはようございますーっ」
我ながら調子の良い私は、慌ててぎこちない笑顔を作る。
「……あの」
こうして挨拶を交わすだけで緊張するというのに、事もあろうか彼は私へと近づいてきた。
「どうしたんですか?」
廊下の隅っこに誘われ、つい こちらも小声になる。
「へんなこと聞くんだけど、この前 苦賀君と写真撮られてたのって」
言い難そうな言葉をそこまで聞いて、ハッとした。
そういえば、苦賀 綾真とデート?することを蜜田さんには言っていない。
ビタハニの2人を仲直りさせると約束したのだから、彼には先に相談すべきだった。
「やっぱり、そうなんだ」
私の表情から察したのか、少し困ったような表情が眉根を寄せる。
「か、勝手にすみませんでしたっ」
「あ、別に責めてる訳じゃないから」
深々頭を下げる私に、向こうも慌てて両手をぶんぶんと振る。
きっと本当に性格の良い人なのが伝わってきて心が痛かった……。
「あの、このこと苦賀さんからは?」
遠慮しつつ私が尋ねると、長めの髪を揺らし蜜田さんは首を傾げる。
「苦賀君は、いま海外でソロツアー中で。僕もしばらく話せてなくて」
「そう、なんですか」
そりゃ元々の仲が微妙なのだから、そんな話する訳もないか。
「苦賀君とは、どうだった?」
探るように蜜田 巡に聞かれ、私は困った。
本来なら彼らの仲を取り持つ行動をすべきだったのだろうが、あのデートもどきではまともに会話すら出来ていない。
「ま、まあまあ、ってかんじですかね」
何の成果も得られませんでした! とは言えず、笑って誤魔化すしかなかった。
「そうなんだ」
「あ、でも私達をアイドルバトルロワイヤルに招待してくれたみたいで。本当に感謝してますー」
わざとテンション高めにお礼を言うと、目の前の蜜田さんはちょっと驚いた顔になる。
「え、そうなの?」
「あ、はい」
どうやら知らなかったらしい。
そんな反応に、言ってはいけないことだったのかと少し心配になったが。
「そうなんだ」
彼は何かに小さく頷いていた。
「あの」
「なんか、巻き込んじゃってごめんね」
逆に謝られ、私はますます困ってしまう。
「い、いえ。それじゃ」
なんだか微妙な空気になってしまったし、もうこの場から離れよう……。
そう思った時。
「三輪さん」
背後から呼び止められた。
「は、はい」
歩き出していた足を止め振り返ると、そこには やけに真剣な目つきの蜜田 巡がいる。
「……苦賀君とは、その、楽しかった?」
少し、視線を逸らしながら問われる言葉。
「……は?」
それは、一体どういう意図で聞いているのだい?
「あの。もし、三輪さんが良ければなんだけど」
テレビですら見たことのない、声を上ずらせた必死な表情が真っすぐ私を見つめる。
「今度、僕と一緒に……っ」
その次に来るはずだった決定的なセリフは
「わっ!」
突然 私の鞄の中でけたたましく鳴ったスマホの音によってかき消されてしまった。
「す、すみませんっ」
ペコペコしながらスマホを取り出すが、またしてもそこには驚愕の文字。
鳴り続ける着信は、苦賀 綾真からであった。
「く、苦賀さんっ?」
私がスマホに出る声に蜜田さんも顔を上げる。
『出るの遅せーよ』
聞こえてきたのは、この前と変わらない偉そうな態度。
私とスクープされたことなど、まるで気にしてないようだ。
「あ、あの、これから仕事で……」
『俺、明後日 日本に帰るから。また この間と同じかんじで待ち合わせな』
こちらの話など一切 聞く気はないようで、一方的にそんなことを告げられた。
「え、それって」
また、デートに誘われてる……ってこと?
『じゃ』
「ちょ、ちょっと待って!」
これまた勝手に電話を切ってしまいそうだった苦賀を慌てて引き止めた。
『んだよ』
気怠そうな声が聞こえるが、私とて必死である。
目の前では蜜田さんが窺うようにこちらを見ている。
そう。さっき、苦賀と2人きりで会ったことを謝ったばかりじゃないか。
「あ、あの」
だからといって、この俺様からの誘いをここで断る勇気など私にはない。
かといって、蜜田さんの目の前で再びデート?の約束を取りつけるのも良くない気がして。
「今度は、3人でご飯でも行きませんか!?」
『は?』
「え?」
口をついて出た言葉に、ビタハニの2人の声がぴたりと重なった。
「ね、そうしましょ♪」
しかし困り果てた私には、そう無理矢理 笑うことくらいしか出来なかったのである。