第11話 神様は見ています
『学園ジャッジメント☆レオ』(よく考えたらすげえ名前……)の放送が始まった。
ドラマは初回から大好評で、視聴率はいきなり今年のトップ。クチコミやネットでも大きな話題となり、まさにフィーバーという様相であった。
あまりに全てが順調すぎて、それまで芸能界の底辺でウロチョロしていた私などからすれば何だか空恐ろしい気がさえする。
「いやあ、すごいねえ! ねっ?」
視聴率とトレンドランキングの記事を事務所の壁に貼り出しながら社長が嬉しい悲鳴を上げた。
ドラマの好調とともに、蜜田 巡の相方役である綺羅流への注目も当然集まった。
ドラマ開始翌日から、今までの10倍近い問い合わせや取材の申し込み。
応援のメッセージや送られてくる手紙やプレゼントの数も以前の比にならない。
「テレビ効果ってすごいんですね」
半分 呆れながら私は呟いた。
まさか、あの酷い棒演技でも こんなに人気が出るなんて……。
「まろんちゃんだって、いーっぱいメッセージとか来てるよー」
社長に言われ いつ間にか開設されていた私のブログ(百地さんが更新していたらしい)を覗き込むと、それまで0だったコメントが確かにドラマ放送直後から急増している。
劇中では碌なセリフも喋っていないのに、見てる人はいるものだ。
まあ、そのコメントも『下着3000円までなら買ってやる』とか『神様は見ています』という怪しいものも多少混じっていたが……。
「おはようございます」
そうこうしているうちに、事務所の玄関を開けて元興が入ってきた。
学校から直接来たようで黒い学ラン姿。
聞いた話だと、都内でも偏差値の高い高校に通っており、ガチれば東大も目指せると言われているらしい。
「はい、元興の分」
「ありがとうございます」
ゴキゲンな社長からファンレターやプレゼントの入った紙袋をもらっても、やはりその顔は無表情。
綺羅流ほどではないが彼もかなりファンが増えたらしいが、そのほとんどがオバ様や男性というのが元興らしい。
「おーっす」
続いて、能天気な綺羅流がドアからその姿を見せた。
「いやあ、なんか追っかけられて困ったわー」
汗を拭いながら言う彼は、最近では学校の前で待つ出待ちまで現れたそうだ。
まあ、見た目だけはビタハニの2人にも見劣りしない綺羅流なら、遅かれ早かれ世間に見つかっていたのかもしれない。
ただ見た目以外が壊滅的にアレというだけなのだ……。
「よし、みんな揃ったね」
そんな私達3人を見渡して、社長がもったいつけた口を開いた。
なんだなんだと、その歯のない顔を見返していると
「なんと、ザ・スパイシーズのセカンドシングル決まっちゃいましたぁ!」
そんな宣言に、私、綺羅流、元興は顔を見合わせた。
「え、えっ、マジで!?」
まさかあれの続きがあるなんて、当の私達でさえ思ってもみなかった。
「し・か・も! ツアーも決まっちゃったよーん」
「ええぇっ!」
「すげーっ」
「本気ですか?」
今度こそ、3つ揃った声が上がる。
「まあ、全国3ヶ所なんだけどね」
申し訳なさそうに社長は頭をかくが、それだって十分にすごい。
あのデパートの屋上でのデビューを思えば、ちゃんとした会場で客を集められるだけでも奇跡というものだ。
「よしっ、こうなったらセカンドシングルで売上年間1位目指すぞ!」
何を思ったか、突然 隣で綺羅流が威勢の良い声を張り上げた。
「お前なあ」
元興は呆れたような顔をしているが、確かに今年はまだこれといったヒット曲が現れていない。
去年 上位を独占したビタハニもスケジュールの関係で新曲の予定が立たないらしいし、このまま綺羅流がドラマで注目されれば流れに乗って良いところまで行ってしまうかもしれない。
「可能性は、あったりして?」
「そうそうっ。ついでに追加公演も狙っちゃうよ!」
気味の悪い笑みを浮かべる私に乗っかり、社長も楽しそうな声を出す。
「目指せ日本一!」
綺羅流にのせられてガッツポーズをとる私と社長。
そんな3人を、元興は苦笑いしつつも見守っている。
皆と こんなふうに夢を語るなんて、ちょっと前までは考えることも出来なかった。
こんなの芸能界という広大な海で小っぽけな私達が足掻いているだけなのかもしれない。
それでも、私は初めてこの事務所に入って良かったと、心からそう思った。
興奮したままの事務所からの帰り道。
私は綺羅流と一緒に駅を目指して歩いていた。
元興は『お涙ちょうだい!』の収録があるため、別行動だ。
「あの人、テレビで見たことない?」
「分からんけどイケメンじゃん」
隣を歩く綺羅流のことを、道行く女の子達が振り返りヒソヒソと噂する。
「横の人、彼女かな」
「えー、うらやま」
すれ違った背後から、なんて声も聞こえてきて。
こいつの本性を知っている身としては少し複雑だが、やっぱり悪い気はしなかった。
「じゃあ、俺こっちだから」
駅が見えてきて、私とは逆方向の電車に乗る綺羅流が軽く手を上げて背中を向ける。
「うん、また明日」
そう返事をして、私も下りのホームに向けて歩き出したのだが。
「あ、あのさ」
かけられた声に振り向くと、立ち去ったと思った綺羅流がまだその場にいた。
しかも、いやに真剣な顔をして。
「なに?」
鞄を肩に掛け直しながら聞く私に、最初は気まずそうに下を向いていたが
「お、俺さ、お前に感謝してっから」
意を決したように、彼は喋り出した。
「は?」
「その。ドラマは好調だし、次のシングルも出せるしツアーもやれるし。……俺、少し前まで、この仕事辞めようと思ってた。そんな時にお前に怒られて。……だから、辞めなくて良かったって」
私の脳裏には、あのデビューイベントの日、砂糖の瓶の着ぐるみを着てふてくされていた綺羅流の姿が思い浮かぶ。
「あの時、嫌だからって投げ出してたら……今のハッピーみたいのもないわけで。だからさ、ちゃんと頑張るって大事なんだって、何となくフィーリングで分かったっていうか」
頭の悪そうな日本語だが、言いたいことは伝わってくる。
「それは、あんたの実力だよ。私が何かしたわけじゃないし」
面と向かうと照れてしまったのもあるが、その言葉は本心だ。
確かに良いのは顔だけだし、棒演技だし、めちゃくちゃラッキーがあったお陰だけど。
今の立場を手に入れたのは綺羅流本人。
他の人間なら、こうはなっていないのだから。
「……ま。そういう訳で、これからもヨロシクな」
なんだか気まずくなってしまった雰囲気をかき消すように綺羅流は笑う。
「う、うん」
「じゃあなっ」
笑顔で手を振った背中は、今度こそ本当に上りのホームへと駆け上っていった。
「あれって、ビタハニの巡とドラマ出てる人?」
「えー、芸能人じゃん」
彼が去った方向から歩いてきた女子高生達が、そんなことを話しながら通り過ぎてゆく。
私は、彼が消えたその雑踏をしばらく見つめていた。