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第10話 「面白れぇ女」

いやいや、なに? なんなの、この状況……っ?!


「あいつと知り合いなわけ?」


苦賀 綾真が低い声で尋ねる。


「え、えっ?」

「お前に聞いてるんだよ」


わざとらしくキョロキョロしてみても、当然その問いは私に向けられていて。


「ぎゃっ」


そうこうしていると近づいてきた手に突然 あごを掴まれ、思わず心臓が止まりかけた。


大人しい蜜田 巡とは反対に、苦賀 綾真が世間から持たれるイメージは

“わがまま” “塩対応” “俺様” “プレイボーイ”

つまり滅茶苦茶 怖い ザ・芸能人様である。


いくら仲が悪いからといって、私に当たらないで欲しい……。


「どうなんだよ」

「知り合い、っていうか。あの……」


その姿勢のまま彼と見つめ合うかたちになり、全身から嫌な汗がダラダラと流れ落ちた。


普通なら こんな横暴おうぼうな態度を取られたらムカついてムカついて仕方ないはずなのだが。


なんせ、つらが良い。


他の人間だったら痛すぎて見ていられないこんなセリフも、苦賀ならば何故かさまになってしまう。


「あいつが女と絡んでるのなんて初めて見たんだけど?」


顎を離してくれないまま、私を観察するような視線。


まるでも虫けらでも見るような失礼な態度も、面が良いだけで許せてしまう自分が悔しい。


「で、どうなんだよ?」


しかし、彼からしてみれば私など塵芥ちりあくた程度の存在。


黙っていては、いつぶん殴られるか分かったもんじゃないヤバい雰囲気が漂っていた。


苦賀 綾真の身長は186㎝、趣味は空手とボクシングで、大会で優勝したこともある実力者。とネットニュースで読んだことがある。


……絶対に殴られたくない!


いらん情報を思い出してしまいなおのこと私は震えた。


「わわわ、私は、蜜田さんのドラマ共演者で……っ」


とにかくこの状況から逃れようと、かすれる声を振りしぼった。


「しゅ、収録後に皆でカラオケに来て。あっちに他のメンバーもいて、今は一緒にドリンクを取りに……」

「共演者?」


自分でも下手くそな日本語であったが、どうやら通じたらしい。


少しだけ眉間みけんしわをよせた苦賀は、やっと私から手を離してくれた。


背中と胃の筋肉がるかと思った。


「そ、そうなんですよ~」


なるべく刺激をしないよう、後退しながら愛想笑いを浮かべる。


もし熊に遭遇したら目を逸らさないで その場を離れろ。と昔おばあちゃんに教わった。


「あいつ、そんなのに参加してんのか」


一応は納得したのか、近くの壁に寄りかかった苦賀は面白くなさそうに呟いた。


脚が長い。何気ない仕草さえ まるで映画のワンシーンのようだ。


元々|Bitter&Honeyビターアンドハニーはタイプの違う美少年2人で構成されている。


絵画の中から出てきたように儚く美しい蜜田みつだ めぐる

男らしくワイルドでセクシーな苦賀くが 綾真りょうま


その人間性も正反対で、デビューからスキャンダル0の蜜田さんと違い、苦賀のほうは毎月のように違う女といるところを週刊誌に撮られている。


自信家で傍若無人ぼうじゃくぶじん不遜ふそんな彼の性格は人によって好き嫌いが分かれるところだろう。


……だが。正直 顔だけでいえば、私は世界で1番この苦賀 綾真が好みどストライクだった。


黒髪に切れ長の黒い瞳、凛々《りり》しく色気のある涼やかな顔立ち。


本当に、ただ ひたすら面が……面が良いのである。


「お前も変わった女だな。あんな つまんねえ奴とつるむなんて」


薄笑いを浮かべながら言われた一言で私は我に返った。


この一連の苦賀と蜜田さんのやり取りを見れば、誰もが不仲説は本当だったと信じるだろう。


なんせ、ばったり出会った相方同士が上辺うわべだけの挨拶も交わさないのは異常だ。


だが、私は蜜田さんとの話を思い出す。


『お互いに本当は昔みたいに仲良くしたいと思ってるはずなんだ』


それならば……この苦賀の悪態あくたいも本心とは違うのでないのか?


私が関係修復の協力を申し出たのは成り行きだったが、早々にその機会がめぐってきたのかもしれない。


ここで2人を仲直りさせられたら私はビタハニの恩人。


それは、これからの人生において とてつもないメリットになるはずだ。


「あ、あの」


皮算用かわざんように目がくらんだ私は、恐る恐る苦賀に声をかけていた。


「あ?」


すごまれて一瞬で心が折れそうになったが、気を取り直して口を開く。


「わ、私……。実は蜜田さんに、聞いていて」


その途端、目の前の苦賀の顔は更にけわしいものへと変わった。


「はあ?」

「お、お二人のこと、協力するって約束してるんです」


早口で言い切ると、苦賀は口を閉ざす。


というか、今まで以上に怖い表情で私を睨んでいる。


もしや仲直りしたいと思っていたのは蜜田さんだけで、苦賀にとっては余計なことだったのだろうか?


そんな不吉な考えが心に浮かんだ私だったが


「面白れぇ女」


口のはたをつり上げた彼の口から聞かれたのは、そんな少女漫画でしか聞いたことのないセリフであった。


「……は?」


なんで そういう流れになる?


会話が繋がらない私は一瞬 混乱したが


「あいつが、そんなこと言うなんてな」


追い討ちをかけるように、さっきまでとは違う不敵な笑みを浮かべ、その体は私へと近づいた。


「へ?」


一体なにがどうなったのか分からないが、私は苦賀に興味を持たれてしまったらしい。


「は? え? いや、私なんて滅相めっそうもない者でして……っ」


慌てて首を大きくブンブン振ってみても、ますます大きな体は迫ってきて……


バンッと顔の右側の壁に手をつかれ、閉じ込められるかたちになって私は固まった。


これは……漫画やドラマで見る度に「どうやったら こんなシチュエーションになるんだよw」と笑っていたアレ!


「え、あの……っ」

「なんだよ。協力してくれるんだろ?」


気絶しそうな勢いで戸惑う私のワンピースのポケットから、スルリとスマホが抜き取られる。


「とりあえずは、俺達で仲良くしようぜ?」


ほんの数センチの距離で、絶対的に面の良いその男は私へと笑いかけていた。

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