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第4話「ひとりの生活」

 遠藤 瑠衣とカラオケでひと休みして、氷川 彩のアパートまでタクシーで行くことにした。

 列車だと過去にパニック障害で倒れるので人混みを避けるような生活をしてきていた。

 人通りの多い道でも、サングラスをすればまだなんとかなるものの、体調は悪くなりやすい。

 そんな氷川 彩の普段の生活はどんな感じなのか、瑠衣はタクシーでアパートに向かってる道中でとても気になっていた。

 助手席で道案内している様子を見ても、雰囲気がいつもとまるで違う。日中、外にいる時と、仕事場にいる時では、全然顔色も違う。そんな氷川 彩がとても心配に感じ始めていた……。


 アパートに辿り着き中に入ると、リビングは綺麗に整理整頓されており、とても過ごしやすそうな快適空間になっている。

 南側の窓を正面に、左側の手前にL字に本棚がドア側(手前)にあり、ベットに面する壁に洋服掛けの木製のポールがある。普段よく着る洋服がハンガーで掛けられていいて、合計8着ほどある。

 ベット脇には小さなサイドテーブルが南側の窓に面し、窓向かって右にPCデスクと、同じ高さの収納棚が横に配置されている。収納棚の上には、右端から順に三毛猫のぬいぐるみ、黒猫のミニフィギュア、小物入れと、その他いろいろ。

 そして壁に、森の中を三毛猫が散策しているような大きなポスター1枚と、同サイズで海の綺麗な様子を描く著名人のポスターが貼られている。

 女性の部屋、というよりも、中性的で綺麗に小物が配置されている素敵な部屋の印象が強い。


「綺麗な部屋だね。猫が好きなの?」

「それ? 高校の時に描いてた絵だよ」

「……えっ?」


 耳を疑った。

 猫のポスターを見ながら質問すると、販売されている正規品のポスターだと思っていたら斜め上の返答がきて戸惑いすらも感じた。


「右の海のポスターは買ったけど、左のポスターは自作。高校生の時に、時間のある時に自分で描いてたの。あ、パソコンでね」

「えっえっ!? パソコンだとしても……生きた絵みたいで凄すぎるよ」

「そうかな? 動画とか、絵の描き方を説明してる本とかを読んでたら出来たよ」


 確かに、説明付きの動画とか本を読めば絵を描く事は誰にでも出来る。

 絵を描く事はできても、誰がどう見ても販売されている絵のように描けるとは限らないから驚きを隠せずにはいられない。


「いつから絵を描いたの? まさか、これが初めてじゃないよね?」

「そうだよ?」


 えっ?!

 彩のいう初めてがこの絵のこと?


 とても信じられなくて、半信半疑にもなってしまう。


「えっと、私的にはこの絵って初心者が書くような絵のレベルじゃないって思うの。本当に初めてなの?」

「うん? さっきも言ったけど、それが初めて描いた絵だよ?」


 まるで頭をハンマーで殴られたような衝撃が走った。

 有名漫画でも作品によってはキャラ絵とかが雑に感じられる例があるように、処女作が完璧な絵になるとはとても信じられない。


「芸術の高校に行ってたとか?」

「ううん。普通の高校」

「えぇっと……。あ、そうだ、そういえば今まで聞いた事なかったけど、彩って大学どこなの?」

「東京大学」


 しれっと国立有名大学の名前を聞いてしまった瑠衣は頭が思考停止しかけた。

 

「ちなみに偏差値は?」

「70」

「え」


 絵の事から話を変えて大学について聞いてみたら衝撃が強すぎて頭がクラクラと感じてきた。

 そういえばと思って、ドアの横にある本棚にちらっとなんとか大学の名前が入っていた本があった気がした。

 恐る恐る見てみると、あぁ、なるほどといろいろと察しがついた。


 東京大学の過去問が数冊、有名な小説家さんの書物もあるし、さっき彩が言っていた絵の描き方の本もある。それ以外にも目を通すと、彩が優等生である事が窺い知れる本ばかりしかない。

 ふと、あるファイルに目が留まった。表紙とか何も書かれていないけど、そのファイルの中に何が入ってるのか気になってしまった。

 簿記検定試験の過去問集があるから、まさかと思った。


「このファイルには何が入ってるの?」

「資格証明書だよ」

「見たいような、見たくないような」

「日商簿記1級とか、漢字能力検定1級もあるし、他にはMOSマスターとか」

「は?!」


 は?! と言った直後から開いた口が塞がらなくなった。

 簿記検定には日商と全商があり、難しい資格はどっちかと言われたら日商になる。

 漢字能力検定1級は日本人でも簡単に取れる資格ではない。1級を受けるには新聞が普通に読めるようになることが前提とも言われるくらい。

 MOSマスターはMicrosoft Office Specialist Masterのことで、マイクロソフトオフィスのワード・エクセル・パワーポイントは必須科目で、アクセス・アウトルックは選択科目で、必須科目3種と選択科目1種の資格を取得すると認定証が発行されるようになっている。

 でも最後に「とか」というのだから、他にも1級の資格がありそうで驚かずにはいられない。

 

「とは言っても、瑠衣も成績高いから今の会社にいるんでしょ? ほら。うちって大手企業だしさ」

「いや……彩とは天と地の差だよ。私は平凡な国立大学でラッキーで入れただけだし」

「資格は?」

「日商簿記2級はあるけど、漢字嫌いだから資格ないしさ。それに、MOSマスターは取れなかったし」

「でも、瑠衣って可愛いし社交性が凄く高いよ。だから入れたんじゃないの?」


 そう言われた瑠衣は気恥ずかしく感じてむず痒くなった。

 

「で、でも、彩の方が……。優秀だし、そ、その……」

「……ん?」

「美人で、胸、とか、いろいろ……、女性らしくて、同性の私でも好きになっちゃうかもってこと、度々あったよ」


 ……………。


 お互いに変なことをカミングアウトし始めてしまって、お互いになんだか変な気分になりそうだった。

 

「え、あ、あっ、ごめん、急にこんな話をしだしちゃって」

「……いいよ。あ、そうだ、お茶出すから、のんびりしてって」

「ありがと」


 なんでだろう。

 瑠衣はなんだかいま凄く男性のような気分になってしまい、もしも彩のような人が彼女だったらどれだけ毎日が幸せになれるだろうとか、妄想しかけてしまっていた。

 すぐにその考えを頭から離れないと。と思って、自分のスマホを取り出してゲームのアプリを開いた。


 あ、と、瑠衣はふと気が付いて、キッチンの方にいる彩に質問してみた。


「やっぱり……かもしれないけど、ゲームとかはしない?」

「しないね。興味はあるけど、本を読む方が好きかな」


 優等生だなぁ。

 

 これ以上なにか質問する度に自分の価値が下がってしまうような気がして、瑠衣はそれ以上は質問しなくなった。

 適当にスマホのゲームアプリで時間を潰す。

 数分経つと、温かいお茶を彩が持ってきてくれて、お菓子まで出してくれた。


「あ~っ! ちょうどキットカット食べたかったところ!」

「そうなの? お茶と一緒に食べるともっといいよ」


 絵を描くセンスは抜群だし、味覚センスも抜群なのか?


 とか思いながら、口に入れた瞬間に甘いとろっとした食感で脳からお腹まで満たされていく。

 その後にお茶を飲むと、さらに気持ちもよくなっていくからたまらない。


「あぁ、幸せ~」

「普段キットカット食べないの?」

「私はさ、ゲームに結構お金使っちゃってるからね」

「そうなんだね。瑠衣の部屋ってパソコン周りが凄かったけど、プレイステーションとか任天堂とかよりも、パソコン派?」

「そうそう、そうなの!」


 とか話をしていると、しれっと彩はとんでもない物を持ってきていた。


「バ、バラエティーボックス!?」


 彩が持ってきたのはキットカットのバラエティーパーティーボックス。

 キットカットが70枚も入っているミニボックスでもあって、普通ならなかなか買わない。3千円は軽く超す値段で、毎日2枚食べても1カ月は十分持つくらい。


「キットカット好きそうだから、持ってきたよ」

「神様! 神様過ぎる!」


 瑠衣は目を輝かせながらバラエティーパーティーボックスをまじまじとパッケージを見始めた。

 

「なんでこのボックス持ってるの?」

「え? 他にもあるよ?」

「な、な、なにがあるの!?」

「ちょっと待ってね」


 今度は何が来るのかまるで想像できない。

 

「え」


 どこから持ってくるのかと思ったら、収納棚の上に置いてある大きな円形の箱だった。


「えええぇぇええ!?」


 キットカットをもう既に3個目を食べようと口に頬張ろうとしていたが、驚き過ぎて思わず手から滑り落ちていた。


「リンツのチョコレート!? しかも、コレ、何個入り!?」

「え~っと……、ネットで買ったんだけど……、あ、これだね」


 彩がスマホで大手通販サイトアプリので教えてくれたのが……。


「100個入りの1万5千!?」


 大声に出して叫んでしまった。

 リンツチョコレートのギフトボックス100個入れで、瑠衣が叫んだ金額が税込みとなっている。

 ギフトボックスなんてなかなか手が出せない。普通なら……。


「チョコレートで1万5千円なんて出せないよっ!」

「頭がボーッとしたり疲れてる時って、チョコレートが美味しいじゃん」

「私だったらコンビニで板チョコとか買って食べるくらいだよ。それ食べて、あぁ今日の私のご褒美だぁとか思いながら、さ?」

「自分への褒美かぁ。それなら、これが私の一番の高い買い物かなぁ」

「……へっ???」


 さらに上があるの? と瑠衣は感じてビクビクし始めた。

 この部屋のどこに隠れてるんだ。思わず捜索までしたくなるほどの衝動に駆られたのだが、彩が持ってきたソレも収納棚の上にあったらしい。


「このヘッドホン」

「ボーズ? え、ぇ、嘘じゃなくて……?」

「嘘でもなんでもないよ。オーディオ系をメインに販売してるサイトで買ったよ」

「どう見たって2万か3万以上でしょ?! これ!」

「それよりも、もっと上だよ」

「4?」

「ううん。あ、あった、これ」


 有名オーディオメーカーであるBOSEのワイヤレスヘッドホン QuietComfort Ultra Headphones。

 価格はなんと5万9千円もする。


「はえ?!」

「いいヘッドホンが欲しいなって思って、1年前に買ってからずっと使ってるの」


 と言われても、瑠衣は開いた口が塞がらなくなってしまって、あまり耳に入っていなかった。

 金銭感覚とかがいろいろ違い過ぎて戸惑いすら感じてもいる。

 そんな硬直してしまった瑠衣にこのヘッドホンの良さを教えてあげようと彩は思っていた。


「高いけど、その分、すごく音がいいの。聞いてみてよ」

「え、あ、う、うん……」


 5万超えるヘッドホンをかぶると、今までのヘッドホンの常識を覆すような感覚に襲われた。

 低価格帯のヘッドホンの場合は、プラスチック特有の感覚にとらわれたりする。そんなヘッドホンとは天と地の差ほどの装着感で、長時間使用しても耳が疲れなさそうだ。装着して数秒しか経っていないのに、ストレスなく長時間使用できそうだと感じられるほどの代物。


「本当にこれがヘッドホンなの? 装着感すごくいい」

「私も最初そう感じたね。でも、驚くのはこれからだよ」

「ど、どういうこと?」

「んっと……曲を流すけどいい? このヘッドホンはとくに低音が心地いい。ロックやバンドの曲以外にもボーカル曲でも音域のバランスがいいの。聞いてみればわかるよ」

「う、ん……。ロックで低音といったら、クリーピー〇ッツさんのブリンバン〇ンボンが私の印象だけど、ある?」

「あるよ。一応イコライザー設定で低音強調してみるね」

「ありがとう」


 どんな音がするんだろう。

 ドキドキしながら心の準備をして、イントロが流れ始めた瞬間――。


「な、ななっ、なにこれっ!?」


 彩は凄く驚いて曲を聞いている瑠衣を見て満足した。

 

「ちょっと、止めて! 止めて!!!」


 けど止めない。

 止めずに曲を流し続けると、瑠衣の表情がみるみるうちに変わっていく。

 高音質の低音の表現に圧倒されて、しかもボーカルが鮮明に聞こえて、耳で感じるといよりもまるで心の奥底まで臨場感・迫力などが響いてくる。

 一部のネット界隈では最高の音質を感じる時に「耳が妊娠する」と言われたりもする。


「耳が妊娠しちゃうって。やばい……っ!」


 ヘッドホンを体感してもらってる彩にとっては最高の感想のコメントだった。

 いま流してる曲はとても気持ちのいいロック調だが、彩が好きでよく聞いている米津〇師さんの曲のルー〇ーがお気に入りである。


「あっ、やばいよ、これも」


 瑠衣が口元を手で覆い隠し始めた。

 どうやらかなり曲が気持ちいいようで、目の色を見るだけでも一目瞭然で喜んでくれているようだ。

 本人は気付かずに覆っている手の指でリズムを取っている。

 他人のいい曲を聞いてる時の様子を見るのも一興だなと感じられた。


 そんなこんなで2曲を聞き終えた瑠衣はヘッドホンを外して改めて感想を言ってくれた。


「他のヘッドホンとレベルが違うね。私が持ってるのは高くても1万前後だけど、約6万もするこのヘッドホン最高級だよ」

「でしょ? しかもこのヘッドホンはノイズキャンセリング機能が凄くて、静音モードも外音取り込みモードも別格」

「あ! なるほど。このヘッドホンなら自分の世界に入れるから、彩にとってはベストマッチするね」

「そうそう。だから、これ愛用してる」

「私も使いたいなぁ……。6万は……高いけど、その分の性能は十分感じられるね」

「うんうん。大満足?」

「もっちろん! でも、このヘッドホンをもっと高音質にさせられるデバイスとかありそうだよね」

「え?」


 瑠衣がこれから説明することはオーディオの沼の入り口でもある、オーディオアンプの話になる。

 実は、瑠衣はパソコンでゲームしたり音楽を聞くからこそ、いろんな情報を知っていた。

 東京ではある店でオーディオアンプを体験できる場所もあるので、2人は意気投合して直ぐにその店に行こうと話を決めた。

 でも、その店に行くまではここからだと距離があるから電車を使えないのならタクシーで行くしかないかという話になってしまう。


「彩はその店に行く時タクシーなの?」

「そうだよ」

「うーん……、ここからだと高くない?」

「仕方ないって思って割り切ってるよ。瑠衣だったら電車?」

「私ならそうだなぁ」

「そうだよねぇ。電車って便利そうだもんね」

「間違いなく、便利だね。人が多いのはいつの曜日も変わらないけど」

「……あまり、したくないけどさ。タクシー代を減らしたい時は、バイクに乗ってるよ」

「……いま、なんて???」

「バイク」

「ねぇ……」

「うん?」

「早く言ってよ!!!」


 思いもしない返事で彩はビックリした。

 てっきり散財し過ぎて怒られるのかと思ったら、目を輝かせて身を乗り出してきた。


「なんのバイク?!」

「ホンダのCBR650Rで、E-Clutchだよ」

「わかんない。駐車場にあるの?」

「もちろんあるよ」

「見せて!」


 見せてと言われて、駐車場に来たら瑠衣はバイクを見るなりテンションが上がり過ぎてスマホで激写し始めた。

 しかも実際に走行している様子も見たいと言い出すから、比較的近いお台場に行く事になった。


 ただし彩があまりバイクを乗らない理由を、瑠衣はまだ知らない……。

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